【Vol.09】江戸時代から庶民のあいだで愛されてきた花火大会。その歴史とこれから |AERA dot. (アエラドット)

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花火が夜空を美しく彩る光景は江戸時代から夏の風物詩とされ、錦絵などのモチーフともなってきた。現在でも東京各地で大規模な花火大会が開催され、色とりどりの浴衣に身を包んだ来場者でにぎわう。ここではそんな花火大会の歴史を振り返りながら、東京を代表する花火大会をご紹介しよう。

【Vol.09】江戸時代から庶民のあいだで愛されてきた花火大会。その歴史とこれから


江戸っ子たちも熱狂した
「両国川開き花火」

 花火発祥の地には諸説がある。古代中国で通信手段として使われていた狼煙(のろし)を原点とする場合もあれば、14世紀後半に観賞用花火を考案したイタリアを発祥の地とする場合もあるという。日本に観賞用花火の技術が入ってきたのは戦国時代。江戸時代に入ると、それまで火薬類を取り扱っていた職人たちが花火師・火薬屋へと転身。町人文化の成熟もあって、玩具花火の技術が発展した。

 なかでも重要な役割を果たした花火師が、初代の鍵屋弥兵衛。大和国篠原村(現・奈良県五條市)出身の彼は日本橋横山町で店を開くと、独自の花火を考案して大人気に。1711(正徳元)年には隅田川で初めて花火が打ち上げられたとされている。

 東京における花火大会の源流とされているのが、江戸の中心を流れる隅田川で開催された「両国川開き花火」、現在の「隅田川花火大会」だ。鍵屋と玉屋が代表的な花火師だったことから、来場者の間では「鍵屋!」「玉屋!」と掛け声をあげることが習慣化した。この「両国川開き花火」、飢餓と疫病による死者の慰霊と悪病退散のため始められたという説もあるが、はっきりとしたことは分かっていない。

音楽やパフォーマンスと融合した
新感覚の花火大会も人気

「両国川開き花火」は一時期中断していたものの、1978年には「隅田川花火大会」として復活。現在も毎年7月末に開催されており、100万人近い観客が訪れる。その「隅田川花火大会」とともに東京二大花火大会のひとつとされているのが、8月初旬に開催される江戸川区花火大会だ。こちらは東京都東部を流れる江戸川の河川敷を舞台とし、1万4000発もの花火が夜空を照らし出す。

 そのほかにも荒川の河川敷で開催される「いたばし花火大会」、明治神宮外苑で行われる「神宮外苑花火大会」、1954年から続く「立川まつり国営昭和記念公園花火大会」など、夏の東京ではさまざまな場所で花火大会が行われる。近年は音楽やパフォーマンスと融合した「STAR ISLAND」(これまでにお台場や豊洲で開催)など、新感覚の花火大会も人気を集めている。

 普段の東京の風景が、色鮮やかな祝祭空間へと変貌する花火大会の夜。どの花火大会も大変な混雑となるため、時間と気持ちには余裕をもって夏の夜を楽しみたい。

文:大石始 写真提供:アフロ
本企画は『東京の魅力発信プロジェクト』に採択されています。
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