『TIM』アヴィーチー(Album Review)
『TIM』アヴィーチー(Album Review)

 デヴィット・ゲッタ、カルヴィン・ハリス、ゼッドにディプロ。2010年代のEDMシーンにおいて“欠かせない”DJ/トラックメイカーを挙げればキリがないが、アヴィーチーもまた、その一人だった。マドンナにコールドプレイ、ダフト・パンクといったトップ・アーティストの楽曲を手掛けるだけでなく、自身のタイトルも次々とヒットさせ、アジア各国、そして日本でも高く認知された。

 完璧主義者が故か、ストレスや制作での行き詰まりが原因として、2018年4月、自ら命を絶ったと遺族は話している。死後1年が経過した今も、ファンからのメッセージは絶えず、いかに愛されていたアーティストかを物語る。そんな遺族とファンの想いを受け継ぎ、共同プロデューサーたちが完成させた本作『TIM』 は、本名の「ティム・バークリング」をタイトルに冠した、いわば「遺作」ということになる。収録曲は亡くなる前にほぼ出来上がっていたそうで、レコーディングは米LAのホーム・スタジオとスウェーデンのスタジオで行われたとのこと。

 アルバムからは、アヴィーチーの代表曲で最大のヒット「ウェイク・ミー・アップ」のボーカルを務めた、アロー・ブラックをフィーチャーした「SOS」が先行シングルとして公開されている。2019年6月8日付の米ビルボード・ダンス・エアプレイ・チャートではトップに浮上し、母国スウェーデン・チャートでも、2017年の「ウィズアウト・ユー」以来、約2年ぶりのチャートインにして、首位獲得を果たした。アロー・ブラックは、5月末にビルボードライブで来日公演を行い、東京・渋谷マークシティで開催された同アルバムの試聴イベント『AVICII EXPERIENCE THE ALBUM “TIM” IN TOKYO』にもお忍びで登場。ファンを沸かせたことも話題となった。

 この曲には、ガールズグループの代表格=TLCの「ノー・スクラブ」(1999年)の一部が採用されていて、ソングライターには同曲を手掛けたシェイクスピア&キャンディの名前もクレジットされている。一部からはエド・シーランの「シェイプ・オブ・ユー」(2017年)に類似しているのと声も上がっているが、それについては触れられていない。

 サンプリング曲では、スウェーデン出身のシンガー=ボンをゲストに迎えた「フリーク」も傑作。この曲には、サム・スミスの大ヒット曲「ステイ・ウィズ・ミー」(2014年)のヴァースと、インタールードには故・坂本九の「上を向いて歩こう」(1962年)が使用されていて、我々日本人にも馴染み深い作りになっている。ボンは、ザ・チェインスモーカーズ直結の哀愁系メロウ「エイント・ア・シング」にもゲストとして参加した。同曲には、スウェーデンのベテラン・シンガーソングライター、ヨアキム・バーグもクレジットされている。

 リリース同日にカットされた「ヘヴン」は、「ア・スカイ・フル・オブ・スターズ」(2014年)で共作した、コールドプレイのクリス・マーティンがボーカル、ソングライターとして参加している。同曲の続編的な壮大なナンバーで、意味合いは違うが「今、僕は息絶えて天国へ行った」という歌詞が涙を誘う。

 「ヘヴン」は同年制作され、翌2015年に開催された【FUTURE MUSIC FESTIVAL】で披露された後、編集等をしていたままお蔵入りになっていたとのこと。最終的には、クリスとアヴィーチーの作品では欠かせない存在となった、スウェーデン・ストックホルム出身の音楽プロデューサー/ソングライターのカール・フォークが完成させた。

 前月に先行リリースされた「タフ・ラヴ」は、 同スウェーデンのプロデューサー・デュオ=ヴァーガス&ラゴラと、同じくスウェーデンの女性エレクトロ・ポップ・シンガー、 アグネスの2組がフィーチャーされている。 ヴァーガス&ラゴラは、「ウェイティング・フォー・ラブ」(2015年)や「ウィズアウト・ユー」(2017年)でもタッグを組んでいて、両曲にも通ずる 哀愁漂わす“切ない”系の旋律が耳に残る、 ラテン風のエキゾチックなナンバーに仕上がっている。 ヴァーガス&ラゴラは、アルバムのオープニングを飾る 「ピース・オブ・マインド」にもフィーチャリング・アーティストとしてクレジットされた。

 ブリトニー・スピアーズやトーヴ・ロー等を手掛ける、米LAを拠点とするシンガーソングライター=ジョー・ジャニアック参加の「バッド・レピュテーション」は、レゲエやワールド・ミュージックの要素を取り込んだミディアム。米ニュージャージー州のエレクトロ・ポップバンド、A R I Z O N A (アリゾナ)をフィーチャーした「ホールド・ザ・ライン」は、独特の刻み具合が特徴的なリズムと不確かなメロディが中毒性を高める、クオリティの高い一曲だ。

 スウェーデンのプロダクション・デュオ=ヴァーガス&ラゴラをフューチャーした「エクスキューズ・ミー・ミスター・サー」は、前曲までのイメージとは一転した、やや毒素強めのナンバー。サビではラップを絡ませたり、トラップに近い音作りから、ヒップホップへのアプローチも感じられる。イマジン・ドラゴンズのダン・レイノルズがボーカル/制作を担当した「ハート・アポン・マイ・スリーヴ」も、これまでの楽曲とは一味違うナンバーで、ダンのパワー漲るボーカルと、映画音楽のようなスリリングな展開に思わず息をのむ。後者は、元はデビュー作『トゥルー』(2013年)に収録される予定だったとのこと。

 イギリスのシンガー・ソングライター、ジョー・ジャニアックをフィーチャーしたピアノの優しい奏で始まるメロウ・チューン「ネヴァー・リーヴ・ミー」~ソングライターとしても大活躍している同スウェーデンの女性シンガー、ヌーニー・バオの優しいボーカルが映える「フェイズ・アウェイ」のラスト2曲は、追悼の意を込めてつくられたようなナンバー。オープニングからエンディングまでの流れもスムーズで、それぞれ制作途中のものを完成させたアルバムとは思えない、ひとつの作品としてまとまりのある傑作となった。

 本作の収益は、精神疾患や自殺防止に取り組んでいる<ティム・バークリング財団>に寄付される。

Text:本家一成