ファンは彼女の一つの発言や曲、セットリストにいろんなストーリーを見る癖が付いています。自分の頭の中、心の中に残っている安室奈美恵の姿を組み合わせて、こういう意味なのかなと理解する。人間像や表現を受け手のイマジネーションで完成させるという方法は、本来は音楽家や芸術家が当たり前のようにやってきたことですが、いまではパーソナルな要素がどんどん表に出てきたり、それありきで売れたりするアーティストも多い。けれど、安室奈美恵は本来の音楽や表現の楽しみ方と、聞く人の感性をすごくナチュラルに育てていったのだと思います。
――言葉で説明する機会が少なかったからこそ、ファンもその意図をちゃんと受け止めようとしてきたわけですね。
はい。最初からMCをしなかったわけではありません。2005年、2006年のライブでは「今日はMAXのメンバーが来てくれた」とか、「次の曲はニューシングルから……」と普通に話していました。2008年も初めの挨拶はしていましたよ。彼女がMCをしなくなったのはここ10年ぐらいでしょうね。
それによって、僕の書く記事は、このセットリストにどんな思いが込められているのかなどを読み取るものに自然となっていきました。ある時、小室プロデュース時代の曲がセットリストに入らなくなったなと気づき、それは独自路線を追求していると読み取りました。2010年代からは00年代の曲をやらなくなっていることに気付き、攻めの姿勢を貫く安室奈美恵像というのがそこから生まれたわけです。
――もう一つ、印象的な言葉を挙げるとしたら、どんな言葉でしょうか。
SUITE CHIC(スイート・シーク)時代にコラボしていたm-floと、安室奈美恵としてコラボしたDOUBLEのTAKAKOさんの両者から聞いたのですが、一度仕上げた曲に安室ちゃんは「もう一越え」とリクエストしたそうです。2組とも同じことを言われているので、おそらく普段からよく使う言葉なんだろうと思います。それによって、相手はもっとすごい曲を作ろうと思うわけです。