ラストツアーの最後のMCです。彼女があれだけ長くステージ上でしゃべるのは久しぶりで、いろんな言葉を考えていたと思います。東京ドームでの最終日、安室奈美恵はこう言いました。

「いち音楽ファンとして、みなさんの素晴らしい毎日の中に素晴らしい音楽が常に溢れるように心からそう願っています。これからも素晴らしい音楽とたくさんたくさんぜひ出会ってください」

 この言葉を意外に感じた人は多かったと思うんですよ。"安室奈美恵"という存在自体がファッションや生き方も含め、音楽というカテゴリを超えたポップアイコンです。いろんな要素があるけれど、やっぱり本質は音楽家だったんだと改めて印象づける言葉でした。

 ここ10年、音楽は無料で聞けるもので音質は気にしないという世代が増えてくるなど、日本の音楽シーンはこのままで大丈夫なのかという状態が続いていました。音楽ライターとしてお仕事させてもらっている者としても、いちリスナーとしても、安室ちゃんからの襷(たすき)を受け取らなければいけないとも感じました。引退というタイミングで彼女が残した言葉は、ファンに対しても、音楽に対しても恩返しになっていると思います。

 そして「いち音楽ファンとして」という言葉も、彼女の性格や素の安室奈美恵を表しているように感じます。もちろんエンターテイナーだし、表に立つ人間として安室奈美恵をカッコよく世に見せていくという意味ではすごくプロフェッショナルだけれども、一方で、純粋でチャーミングな少女みたいな面が垣間見えるんです。舞台裏のドキュメンタリーを見ると、紅白歌合戦で「Hero」を歌い終わったとき泣き出しちゃったり、「変な顔で映ってなかったかな」と心配したり。最後のMCも決して上から目線じゃない、彼女らしい言葉だったと思います。

 この言葉だけで僕はいくらでも語ることができますが、それぐらい安室奈美恵の音楽やステージが受け手のイマジネーションを働かせるものだったのです。それはMCをせずに歌い続けるライブのスタイルであったり、カラオケで歌いやすい歌ではなくなったこと、全編英語で洋楽志向の高い曲を歌うことなど新しい手法を取ってきたという要因もありますが、つまりそれは、受け手の想像力を信用して期待するからこそできるアプローチです。

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安室が育てたファンの感性