子どもの自殺が増加する夏休み明け。内閣府調査によると過去42年間に自殺した子どもは1万8048人にのぼる。最も多かった日付は9月1日だった。「学校へ行きたくない」という思いを抱える子は、どんな思いでこの日を迎えるのだろうか。不登校新聞編集長の石井志昂さんは、ある15歳の少女の手記を紹介する。小学6年のときに不登校になった彼女はどうして親にさえSOSを出せなかったのか。
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学校に向かう車の中で、事故に遭えば「学校を休める」とふと思いました。母が持っていた車のハンドルをガードレールのほうへ動かそうとし、怖くなってやめたことがあります。小学6年生の秋のことです。
小6の秋、私は突然、学校へ行けなくなりました。学校へ行こうと思うと玄関で足が止まってしまったからです。
いまふり返っても学校へ行けない理由は私自身もわかりません。友だちもいたし、行けば楽しいこともありました。でも学校にいると息苦しくなり、帰ってくるとすごく疲れていて気が重くなりました。
学校へ行けなくなってからは「行きなさい」と言われることはすごくつらいことでしたが、それとともにイヤだったことがあります。それは大好きな母親と、学校へ「行く」「行かない」を言い合うことでした。
私はずっと「学校へ行きたくない」という言葉を誰にも言うことができませんでした。学校へ行けないことが悪いことだと思い、「行けない自分」になったことを自分で認めたくなかったからです。また、「行きたくない」と言えば絶対に理由を聞かれます。理由を答えられないのに、自分から「行きたくない」と言うことはできませんでした。
私がハッキリと「行きたくない」と言わないこともあって、毎朝のように学校へ行くのか、行けないのかという母との言い合いは長引き、結局、学校へ行く時間にはどうしてもまにわなくなって学校を休む……、そのくり返しでした。無理やり車に乗せられて学校へ行くこともありました。事故に遭えばと思っていたのはそのころです。