死の間際、如水は「神の小羊」の祈祷文とロザリオを求め、キリシタンとして死を迎えたという。享年59。死後には福岡で追悼ミサが執り行われた。しかし、長政は京都の臨済宗大徳寺にも父・如水を弔う塔頭・龍光院を建立して法要を行っている。
関ヶ原の直後、吉川広家に宛てた書状に、「戦いがあともう1か月も続いていれば、中国地方にも攻め込んで華々しい戦いをするつもりであったが、家康の勝利が早々と確定したために何もできなかった」としている。小説にしばしば出てくる「天下を狙った戦国最後の野心家」という根拠はここだが、本当に天下取りを狙ったかどうかは分からない。ただ、生前の秀吉が「10万石やれば天下を取られる」と半ば冗談で如水をからかったのは、自分と同質の才を認めていたために相違ない。
■軍師の仕事
軍師というと、総大将の帷幄(いあく)において作戦を立案する参謀という印象があるが、これは江戸時代の軍記ものの嘘話や、明治維新以降のドイツ参謀本部からの連想である。実際は天文気象から出陣の時期を占ったり、戦のあとの首実検など有職故実が主で、才能ある武将はそのようなものは信じていなかった(信じていたら間違いなく負けたであろう)。
その意味で、真に有能な軍師とは、才能ある武将や外交官であらねばならない。官兵衛の場合、絶対絶命だった荒木村重の有岡城幽閉を耐え抜いたことや、落城間際で殺気立っていた小田原城への使者など話し合った相手の共感を得る天与の才があったに違いない。
■説得とは脳の同調
趣味の話でも仕事の話でも、相手と馬があうととても心地よい。この生物学的な背景は何かとずっと考えてきたが、数年前に米国の科学雑誌「PNAS」に面白い研究報告があった。
米プリンストン大学のStephens らは、話し手と聞き手の脳活動をfMRI(磁気共鳴機能画像法)で記録し、話し手の言葉に聞き手が心から納得すると少しのタイムラグを置いて脳の同じ領域が活性化することを見いだした。脳波パターンなどが会話によって同調することは以前から知られていたが、脳における局在を明らかにしたのはこの研究が最初だろう。
著者らは、真のコミュニケーションには言葉では表せない情報伝達が必要であるとしている。優れた芸術作品や振る舞いの美しさが見る人聞く人の脳を感動させるのも同じメカニズムだろうし、人間はこのような能力を発展させるように進化してきたのかもしれない。
◯早川智(はやかわ・さとし)
/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に『戦国武将を診る』(朝日新聞出版)など