「行ける投手に対しては『走れ』と言っています。今日もグリーンライトをずっと出していました」

 松坂から奪った3盗塁を井口はこう説明した。「グリーンライト」とは「青信号」。選手には、それぞれ自分のタイミングで判断して、盗塁しても構わないというフリーパスのサインだ。セットポジションでの松坂のモーションのタイミングをつかめていたから、ロッテはどんどん走った。3回1死から田村龍弘が四球で出塁。続く加藤翔平への初球は113キロのカーブ。この時、松坂がモーションを起こして投球が捕手のミットに収まるまでの時間は1.6秒だった。いくらカーブとはいえ、ちょっと時間がかかり過ぎだ。決して足は速くない捕手の田村が続く2球目に二盗を成功させた。

 田村は4球目のワンバウンドを捕手・松井雅人が弾いた際にも三塁へ走るも、これは刺された。2死無走者となったが、加藤も四球で出塁。続く荻野貴司への初球は138キロのストレートだったが、俊足の加藤はここで楽々と二盗に成功した。四回には中村奨吾に二盗を許し、これでは完全に“走られ放題”の状態。ただ、そのままでは終わらないあたりが、松坂大輔という投手の修正能力の高さだ。

「最後のイニングはクイックの仕方を変えたんです。足から動かすことですね」

 5回1死から、藤岡裕大が右前打で出塁すると、続く3番中村の初球は117キロのカーブ。緩い上に落ちる軌道の球は、捕手がどうしても送球体勢に入るのが一瞬遅れるため、二盗が成功しやすい傾向がある。ところが、藤岡裕は二盗に失敗した。このとき、投球モーションの始動から、捕手の送球が二塁に収まるまでの一連の動作は3.48秒。実は田村が二盗に成功した際は3.54秒。松坂は自らの手の動きを制御しただけで、盗塁を阻止することができたのだ。

 結局、松坂は5回を投げ、被安打6の3失点。先発投手として「ゲームメーク」という最低限の役割は果たした。その上々の結果を携え、松坂が一塁側ベンチに戻ったとき、監督の森繁和が松坂を呼び止めた。

「クイックの話だったんです。『最後だけやり方を変えました』と説明したら『もっと早くからやれよ』と言われましたけどね」

 試合の中で出た課題を、試合の中できちんと修正する。その引き出しの多さも松坂の凄さである。

 松坂から2打席連続で二塁打を放った5番の鈴木大地は「僕からしたらスターですし、憧れの人。純粋に野球ファンとして幸せでした」と声を弾ませていた。

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先発ローテは確保?