白のBMWと銀のアウディが、パッシングとクラクションを繰り返しながら、黒のトヨタ・レクサスを執拗に追っていく。約10分間に及ぶカーチェイスの末、BMWとアウディがレクサスの前に回り込んで急停止した。BMWの助手席から降りてきた若い男が、何かを叫びながら、レクサスのヘッドライトの上に掲げられた日の丸の国旗をもぎ取り、そのまま車2台は走り去った。
まるでアクション映画のワンシーンである。
8月27日午後4時すぎ、丹羽字一郎・駐中国大使(73)の乗った公用車が、北京市郊外の環状線道路で襲われるという事件はこうして起きた。
現段階(9月1日現在)では「男女4人」「実行犯は30代男」と情報が断片的で、最も知りたい「犯人像」がはっきり見えてこない。こんな大それた犯行に及んだのは、何者なのか。
中国でビジネスマンとして働いた経験があり、『2014年、中国は崩壊する』(扶桑社新書)の著者でもある国会新聞社編集次長の宇田川敬介氏はこう話す。「30代の若者がBMWやアウディに乗るというのは不自然ですね。特にアウディは中国では公用車に使用され、一般の若者が乗る車としてふさわしくない」。
日本の公用車で例えるなら、センチュリーなどのイメージだろうか。中国でそのクラスの高級車を所有できる層は、一握りの成功者、もしくは軍や共産党の高官、そしてその子女たち。つまり「エリート」層に限られる。しかも、彼らは、江沢民・前国家主席(86)が1990年代半ばに本格化させた愛国教育を受けてきた世代だ。
この襲撃犯たちに対して、ネット上には、「我々の英雄を守れ」「政府は愛国勇士を逮捕するな」などと全面擁護する中国語の書き込みであふれ、さらに中国の主要ポータルサイト「騰訊網」の調査では、回答者約5万3千人のうち82%が、襲撃をありえないどころか「良いこと」だとしている。ネットユーザーに若者が多いであろうことを考えると、これもやはり「愛国教育」のたまものなのか。
※週刊朝日 2012年9月14日号