例えばオール巨人阪神の巨人師匠。身長は184センチ体重84キロ芸人としては規格外の体型で、柔道は二段の腕前、自宅にはトレーニングルームを完備していると言われる。生で初めて見た時は、あまりの迫力に肩で切る風でこちらが吹き飛びそうになる位だった。

 そんな巨人師匠は上下関係にはかなり厳しいと言われている。「声だけは大きく出すように」と先輩からアドバイスされていたので、いざ楽屋の前に立ち、「新喜劇若手の新津と申します。挨拶に伺いました」とバカデカイ声で訪ねると、「どうぞ」と許可を頂いたので、扉を開けた。すると、当然巨人師匠はこちらを見ている。想定内ではあるが、目が合った瞬間に緊張しすぎて、「すみません」と言ってしまった。やばいと思い、出直そうかと思ったが、後の祭り。もう一度、落ち着いて挨拶しようとするが、なかなか声が出なくて、詰まった。

 落ち着いてから、巨人師匠を見て大分、低いトーンで挨拶をしてしまった。これはさすがに怒られるなと思い、顔を上げると、巨人師匠が笑っておられる。殴られて自分が幻想を見ているのかも知れないと思ったが、次の瞬間、「おもろいな、あんだけ馬鹿デカイ声でドア叩いといて、入ってきたらめっちゃ低いやん、トーン。でもな、挨拶はデカければええもんちゃう。今みたいに丁寧に相手を見て言うことや」と言われ、命も気持ちも救われた。大御所ほど、挨拶を大切にすることがわかった経験だ。

 また、西川きよし師匠も劇場の廊下に立っておられたので、すれ違う時に、声をかけるときちんとあの大きな目でこちらを見て、挨拶を聞いてくださり、それが終わると「西川きよしです、よろしく!」と逆に挨拶を仕返してくださった。

 これには、恐縮したが、キャリアに関係なく人間として挨拶をしてくださる方だと実感した。

 滑舌が悪く何度も挨拶をさせられ名前を覚えてもらう芸人、挨拶しながらネタも一緒にやる芸人、「うるさいな!」と言われる位の人並外れた声量で挨拶する芸人など、日々楽屋には多くの芸人が訪れる。いずれにせよ、挨拶から全てがはじまるわけで、そこで名前を覚えてもらい、ご飯に連れていってもらえるようになり、毎日のように楽屋に挨拶に行くうちに仕事さえももらえたりと、挨拶はこの世界でのパスポートみたいなものかもしれない。(元吉本芸人・新津勇樹)