正直なところ、所詮はテープであるし、力任せに引っ張ればどうにかなるだろうとタカをくくっていた。だが、壁面と同化したかのように、動くどころかたわむ気配すらないのだ。男性の編集部員3名がかりで、iPhoneと壁面の隙間に爪をたて引き剥がそうとしても効果はない。壁面に固定されたままメールを受信したことを通知し続けるiPhoneを眺めながら、記者はしばし呆然とした。

 この体験からふたつの貴重な学びを得た。人間は、自身の力が全く及びもつかないような事象、例えば天災などに直面すると、何の感情も沸き起こらない、いわば凪のような心理状態になることがあるが、テープでもそれが起こりうるということ。そして、携帯電話が携帯できなくなると、死ぬほど使いづらいということだ。

 結局、接合面が小さかったため、カッターナイフで地道にテープ部分を切断することでiPhoneを回収することはできたが、これが金庫のように面積の大きいものであったら取り外せたかどうかも定かではない。世界最強の粘着力の凄まじさを文字通り体感した。

 だが、先出の金子氏は、VHBテープはただ粘着力が強いだけのテープではないという。

「こうしたテープを使うことで建築の可能性がより多彩になると考えています。ネジ止めや溶接はどうしてもその痕跡が残ってしまうので、デザイン面で制約が出てくるのですが、テープを使うことでこれまで不可能だったデザインの建物がつくれます。また、建築業界の人材不足を解消できる可能性がある。現在、一人前の溶接工を育てるには約10年かかるといわれますが、テープならばそうした訓練が不要ですから」

 身近なモノに秘められた驚きの技術。科学の進歩は、まだまだ私たちをわくわくさせてくれそうだ。(AERA dot.編集部・小神野真弘)

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