「君の名は」(1953年)、「喜びも悲しみも幾歳月」(57年)など、昭和の名画に出演した俳優・佐田啓二。その美男ぶりは、急逝から半世紀近くを経たいまも語り継がれている。「弟(俳優の中井貴一)が年々、父に似てくる」と語る、女優でエッセイストの長女、中井貴惠さんの心の中では、いまだに父の存在は大きい。

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 小学1年生の夏のことでした。蓼科高原の別荘から父だけ先に帰ることになり、「行ってきます」と言って出たまま、交通事故で永遠に別れることになってしまいました。

 父は、私が生まれた年に「喜びも悲しみも幾歳月」という映画を撮っていて、ほぼ1年、家にいなかったと聞いています。「最初の子は男がいい」と吹聴していたらしいのですが、いざ女の子が生まれたらメロメロで、映画監督の小津安二郎さんに「美女生まれ、親子無事」と電報を打ったそうです。

 中高生のころ、母と一緒に京橋のフィルセンターまで、父の出演した映画を観にいきました。映画を通して、亡くなった父の声を聴いたり動く姿を見ることは、自分にとって特別なことでした。映画は父を知るすべてでした。

 父への思いは、自分が年を重ねるごとに変わってきました。37歳で死んでしまった父だけれど、「あなたのDNAを引き継ぐ孫がこの世にいますよ」と伝えたい。

 佐田啓二さん、あなたは、本当はどんな人だったの? 永遠に知りえないからこそ、この思いも消えることはないのでしょう。

※週刊朝日 2012年8月31日号