「桜のまわりはツツジでいきます。雰囲気はナチュラル系で」
そう指示を出すと、スタッフがさっと動き、ツツジや桜を持って来た。パチン、パチン、パチン……全員が慣れた手つきで花を切り始める。花材の名前を言うと、あうんの呼吸で花が手渡される。まるで手術を見ているかのような、完璧なチームワーク。東は花器の中のオアシス(吸水スポンジ)に花をどんどん挿していった。その動きに迷いはない。
鳥の鳴き声のBGMが響くアトリエで、フラワーアーティスト、東信(あずま・まこと)率いる「ジャルダン・デ・フルール」の5人がステンレスの作業台で黙々と作業を続ける。天井から吊り下げられたiPadには、宮城県石巻市の「日和山の桜」の画像が写し出されていた。
20分ほどで全体像を作り上げると、東は「山の自然な感じを思い起こさせるように」と指示を出し、スタッフ4人で仕上げに入った。事前によく打ち合わせされているのだろう、全員の動きに無駄がなく、目指すべき方向性が共有されているのが伝わってくる。1時間弱で、桜とツツジ、ランなどを贅沢に使った“世界に一つの花束”が完成した。
このアレンジメントは、朝日新聞デジタルの連載、「花のない花屋」のためのものだ。この連載では、読者から「誰にどんな花束を贈りたいか」というエピソードを募り、それぞれのストーリーに沿ったアレンジメントを東が作り、実際にプレゼントしている。
iPadに写し出されていた「日和山」の写真は、送り主の「日和山の桜を思い出せるような花束を」という要望に応えるためのもの。送り主は東京在住で石巻市出身の40代男性。父を早くに亡くし、石巻の実家で一人暮らしをしていた母を、東日本大震災の津波が直撃した。一命を取り留めたものの住む場所を失ったため、彼は母を東京に呼び寄せた。自分の家族と同居して今年で6年。「日頃の感謝を込めて、日和山の春を思い出させる桜と石巻の象徴であるツツジ、父が好きだったランの花束を贈りたい」。それが送り主の要望だった。
東はエピソードからキーワードを抜き出し、相手の想いや、飾られる場所などを想像しながら、イメージを作り上げていった。
「ふつうは桜とツツジは時期が違うので一緒にアレンジしませんが、意外とうまくいきましたね。八重桜が引き立つよう、ツツジはピンクと白の複色で全体に溶け込むようにしました。ランは強い印象のものは後ろに、小さいものを表に挿しました。全体をピンクのトーンにしたことで、うまく調和したと思います」
後日、贈り主からは「子どもが花を見た瞬間、『こんなお花見たことない!ジャングルみたい』と興奮し、母からは終始『ありがとう、きれいだねえ』と感謝されました。忘れられない家族の思い出になりました」とお礼がきた。
花屋が花束を作るのは、仕事である以上、当然ながら依頼人ありきだ。しかし、東が他と違うのは、「誰にどんな目的で、どんな花束を作りたいのか」など詳細をあらかじめ聞き、それに沿ってデザインし、市場に買い付けにいく「オートクチュールの花屋」であること。店頭に花を並べ、在庫から花束を作るのではない。オーダーを聞いてから花を買い付けにいく。それが「花のない花屋」と呼ばれるゆえんだ。だから、一つとして同じ花束はない。100人いれば、100通りのストーリーがあり、100の花束がある。