氷を切る手さばきも見事だ。氷挽きで15センチほど切り込みを入れ、その切り込みに、くさび状になった氷挽きの背をあて、押し引く。すると、氷柱にすっと割れ目が入り、氷は二つに切れる。机の上のように真っ平らな断面と、しっかりと直角になった角をともなって、氷柱は次々と小さくなっていった。氷塊に砕くのは機械だが、小さな氷柱を求めるお客さんもいる。氷ハサミと氷挽きだけで、135キロの氷柱から牛乳パック大の氷まで、まったく力むことなく氷を取り扱っていく様は、見ていて気持ちがいい。
店作りのピークを超えたころ、「風が冷たくなってきたなあ」と黒岩さんがつぶやいた。だいぶ冷えますねと私が応えると、黒岩さんはうーん、と一言。そういう世間話を話したわけではなくてさとの思いを感じたが、私は返す言葉がない。
「氷屋はさあ、気温にすごく左右されるんだよ。昨日はすごくあったかかったでしょ。そんな日は急に氷が売れるわけよ。今日もあったかめだから、(氷が)出るかなと思ったんだけど、この分だと、そうでもなさそうだな」
つぶやいた独り言の背景をわざわざ私に語ってくれながら、黒岩さんは冷蔵庫に残る氷柱の数を数えた。
氷販は、築地場内で働く人々にとって、ホッと一息できる場でもある。
張り詰めた空気が続く仲卸店舗に比べ、氷販には比較的穏やかな時間が流れ続ける。私には、氷を買い付けに来た人たちは、黒岩さんとの会話に一瞬の息抜きを期待しているようにも感じられた。黒岩さんは、気心知れた人に声をかけながら、自腹で用意したお茶やコーヒーを紙コップに入れて手渡していた。
「(コーヒーに入れる)ミルクもちょうだい」「はい、しぼりたて」
「世界一まずいお茶、お願いします」「ねえよ」
といった具合の冗談が交わされる。「どうだい、少しは慣れたかい?」「(体の)具合はもう良くなったかい?」など、相手の様子を気遣うことも忘れない。1分に満たない、ほんの一瞬の立ち話だが、氷販を訪ねる人々は皆、黒岩さんとのやりとりに顔を和ませていた。氷販には、学校の保健室に通ずるような雰囲気も、私は感じた。