1匹のビーグル犬が、2月13日、小笠原村・母島に降り立った。名前はノア。12歳のこの犬は、重要な任務のために27時間40分の船旅を経て母島へやってきた。その仕事とは“シロアリ探知”だ。
ノアはシロアリ探知犬の本場、アメリカで訓練された。アメリカでは、中古住宅を転売するときに「シロアリはいません。探知犬により確認されました」と証明書に記される州もあるほどシロアリ探知犬には権威がある。それはつまり、シロアリ被害の深刻さが認知されているということ。ところが日本では家屋への被害があるにもかかわらず、その予防への関心や駆除への取り組みは限定的で、ましてやシロアリ探知犬を使って防除するという考え方は一般的とはいえない。
1970年からシロアリ防除事業を手がけている企業、(株)アサンテでは「もっと被害の深刻さを広報し、シロアリ防除に理解をもってもらおう」と、広報犬としての役割も兼ね、アメリカから探知犬を導入することにした。
「日本で最初のシロアリ探知犬がこのノアです。2006年、わが社の一員になりました」と語るのはハンドラーの丸山省吾さんだ。ハンドラーというのは探知犬の操縦者。一緒に現場に入り、「seek,seek(探して)」「show me(教えて)」など指示を出すだけでなく、探知犬の様子からどこを集中的に調査すべきかを決めたりする。
「ノアは能力の高さや集中力、適応力などすべてがずばぬけているトップクラスの探知犬。通常現場は屋内ですが、今回は山の中での探知となります。これができるのはノアしかいないだろうと、小笠原に連れて行きました」(丸山さん)。
小笠原では今まで5種類のシロアリが確認されているが、住宅などに最も被害を及ぼすイエシロアリは、人が住む父島・母島のうち父島ではすでに全島に広まり、住民は6月~7月の雨上がりの蒸し暑い夜、繁殖のためにシロアリが一斉に飛ぶときには窓を閉め換気扇もエアコンも止め、電気も消して1時間あまりの群飛をやりすごす。ピーク時に車で走っていようものなら、吹雪のようなシロアリ群に囲まれ、それを食べようと現れるオオヒキガエルをひかないようにするのに苦労するほどだ。
母島は北部の一部でイエシロアリが確認できているものの、幸い集落部にはまだ侵入していない。ただ、ところどころで飛び火のように発生が確認されており、村では長年、集落部への拡散を防ぐためにさまざまな手を打ってきた。今回ノアが村から呼ばれたのも、いわば新手法のトライアルで、「人間では探知できないシロアリを犬の嗅覚で突き止められるかどうか」を確認するためでもあった。
ノアたちは傾斜が30度以上はあろうかという山の中に入り、シロアリ発生が怪しまれている場所で探知を行った。丸山さんは、ノアが山の中でけがをしたり、現地までの行程で体力を消耗したりしないよう、8kg以上ある体を抱っこしていったという。まさに一心同体。