福島第一原発の事故直後、米エネルギー省が独自の調査を元に作成した汚染地図データは、在日米国大使館経由で外務省に送られた。外務省はこのデータを経産省原子力安全・保安院と文科省へ転送したが、公表も伝達もされることはなかった。早稲田大学国際教養学部の池田清彦教授によると、この不始末は過度のコンプライアンス重視の弊害だという。

*  *  *

 保安院は、放射線測定結果を一元的に管理・公表するのは文科省の役割だと言い、主に文科省の職員で構成する「放射線班」が、なぜ公表しなかったのか調査中だと弁明した。片や文科省は「放射線班」は避難区域の判断をする部署ではないので、データを避難に役立てるという発想はなく、必要ならば保安院が公表すると思っていた、と釈明したという。

 結局、このデータは住民の避難を担う「住民安全班」には伝わらず、住民は科学的データに基づかない同心円状のトンチンカンな避難指示に従って避難させられていたわけだ。米軍のデータは実測値で、原発から主として北西方向に放射性物質が流れたことを示しており、この汚染地図に準拠して避難すれば、被曝はずっと抑えられたはずだ。

 私見によれば、これもまた過度のコンプライアンス至上主義の弊害のひとつだ。余りに規則通りにやることを強制されていると、人は規則にないことはどんな重要なことでもやらなくなってしまうのである。

※週刊朝日 2012年7月27日号