坂井さんのように、メディア露出を控えることで“価値”を向上させ、タイアップを駆使する戦略は、当時、音楽業界で「ビーイング商法」と呼ばれていた。

 この戦略は、歌と私生活を大切にしたいという坂井さんの志向と重なり合っていたようだ。

 彼女の数少ない肉声が聞けるイメージビデオ「Body Works」(大陸書房)。そのなかで坂井さんはこう話している。

「仕事に入ってから、自分が興味を持つ対象物がけっこう変わっちゃったなと。(友達と話す)話題や内容なんかが違って、話す機会が少ないんです」

 前出の親友も言う。

「彼女は『きれい』とか、『美人』と言われるのが嫌で、歌番組の共演者に『きれいな人』と何度も言われて、テレビ嫌いになったと聞いています」

 ミリオンセラーを連発しながらも、坂井さんは派手な振る舞いを避け続けた。人気絶頂期の96年11月には、東京の都心ではなく、郊外の町田市に一戸建てを新築。40坪足らずの新居に親を呼び寄せたが、

「町内会に入ることも、近所付き合いもなかった」(近所の住民)

 自宅には約105平方メートルもの地下階がある。坂井さんはそこで、歌の練習や作詞活動でもしていたのだろうか。

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