2014年12月3日に宇宙へと旅立った宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」。「惑星探査入門」(朝日新聞出版)を出版した会津大の寺薗淳也准教授(惑星科学)は、実際に現地に赴き、打ち上げを見届けたという。分野によっては世界を引っ張るレベルにまで達しているように見える日本の月・惑星探査だが、政府が新しく策定している宇宙基本計画には懸念すべき点があると寺薗准教授は指摘している。

「世界一美しい射場」種子島で考えた惑星探査の未来(上)よりつづく

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 初号機は、ロケットの能力などの問題もあり、ロケットの能力で到達できる小惑星を狙うことになってしまっていた。しかし、「はやぶさ2」が狙うのは、小惑星の中でも科学者がもっとも興味を持つ、C型と呼ばれる小惑星である。

 C型小惑星は、隕石との比較研究によって、水や有機物といった、比較的軽い物質が多く含まれていることが期待されている。このような物質を多く含む天体は、高熱にさらされたことがないということを意味している。つまり、太陽系初期から、衝突などといった大きなできごとに出合うことなく、今まで生き延びてきた天体である可能性が大きいということである。

 とすれば、私たちはこのC型小惑星で、太陽系の初期の頃の物質に出合うことができるかも知れない……そのような期待は、この説明を聞けば科学者でなくても抱くであろう。

 今回の「はやぶさ2」は、このC型小惑星をターゲットとすべく、軌道や機器の設計などを相手の天体に合わせて決めている。つまり今回の探査は、同じ行って帰ってくる探査ではあるが、初号機の行けるところに行く探査から、「行きたいところに行く」探査へと進化を遂げているのである。これこそが、この「はやぶさ2」という探査のもっとも大きなポイントである。

 もちろん、「はやぶさ2」の進化はそれだけではない。探査機の進化も大きなポイントである。

 初号機「はやぶさ」が帰還後3本の映画にまでなった理由は、そのドラマチックなストーリーにある。途中で行方不明になって再度発見され、帰還途中にエンジンが停止して最大の危機を迎えたところで、さり気なく挿入されていた電子部品がピンチを救う……映画会社の担当者ならずともワクワクするようなストーリーだろう。しかし、内部にいた人間としていわせてもらうと、毎日毎日こんな状態では、体がいくつあっても足りない。探査というのは、できればこういうドラマチックな展開がなく、淡々と進んで欲しいのである。

 このように淡々と探査を進める、つまり、トラブルなく探査を進行できるように、「はやぶさ2」には初号機の教訓を活かした数多くの改良が加えられた。

 例えば、探査機の安定を保つために搭載されている「リアクションホイール」という機器がある。初号機ではこの装置が次々に故障し、探査機の安定を保つために化学推進という別の方法を用いた。こちらは、推進剤をぴゅっと吹く形で探査機の姿勢を制御する方法なのだが、この「ぴゅっと吹く」という形の安定方法はどうしてもショックが大きくなってしまい、例えば小惑星到着時の科学観測などではその制御に大きく苦労することになった。

 今回はリアクションホイールの故障があったとしても十分に安定した姿勢制御ができるように、初号機より1つ数を増やして4つ搭載している。

 そのほかにも、50億キロの旅を支えるイオンエンジンの改良及び推力増強、小惑星着陸機「ミネルバ」の複数搭載、そして「はやぶさ2」の写真を見てもよくわかる複数アンテナ搭載(複数の周波数帯での通信を可能にする)などの改良が行われている。

 おそらく私たちは、今度の旅はそれほどハラハラドキドキすることなく、安心してみていられるのではないか……私自身が心配症なので断定はできないが、2020年に何ごともなかったように帰ってくることを願っている。

 さて、こうやって日本の月・惑星探査は世界と肩を並べる、あるいは分野によっては世界を引っ張るレベルにまで達しているのであるが、将来はとみると、実はあまり安心していられない。
試しに、JAXAで月・惑星探査を担っているJAXA月・惑星探査プログラムグループ(JSPEC)のホームページをみてみよう。「はやぶさ2」がよく目立つのだが、その脇に書かれているもう1つの「2」がある。「セレーネ2」である。

「セレーネ」とは、2007年に日本が打ち上げた月探査衛星「かぐや」の開発時点での呼び名。その成果を引き継いで月探査を行う計画が、セレーネ2である。

 月着陸機とローバーから構成され、月面探査を実施する予定のセレーネ2。その解説を行うウェブページの先頭には、「2010年代中頃の実施を目指し、検討を行っています。」と書かれているのだが、今はもう2014年12月、確実に2010年代中頃である。しかし、セレーネ2がいつ打ち上げられるのか、確実なことはまだわかっていない。

 セレーネ2に限らない。来年(2015年)末には、2010年に周回軌道投入に失敗した金星探査機「あかつき」の金星周回軌道再投入がある。また、2016年打ち上げ予定とされる水星探査機「ベピ・コロンボ」のうち、水星磁気圏探査機(MMO)は日本が開発することになっている。では、その先はどうなのか。実は、確定している月・惑星探査計画は1つもないのだ。

「はやぶさ2」は開発開始から打ち上げまで4年弱で済んだが、これは初号機「はやぶさ」の成果を極力活かす形での設計・開発を行ったためである。通常、月・惑星探査機の開発は、スタートから打ち上げまで10年かかるのが相場である。つまり、今ゴーサインを出したとしても、打ち上げられるのは2025年。月・惑星探査というのはそのように時間がかかるものであるから、先を見据えて計画を進めなければならないにもかかわらず、「先」「次」がないという状況なのだ。

「世界一美しい射場」種子島で考えた惑星探査の未来(下)へつづく

寺薗淳也(てらぞの・じゅんや)
1967年東京都生まれ。名古屋大学理学部卒。東京大学大学院理学系研究科(博士課程)中退。宇宙開発事業団、宇宙航空研究開発機構(JAXA)広報部、(財)日本宇宙フォーラムを経て、現在、会津大学企画運営室および先端情報科学研究センター准教授。理学修士。専門は惑星科学(月や火星など、固体の表面を持つ天体の地質学や地震学)、情報科学(データベース科学、ネットワーク工学など)。
宇宙開発事業団では、月探査計画「セレーネ計画」(かぐや)の立ち上げに従事。JAXAでは「はやぶさ」の着陸のときにブログを通して世界中に情報を流した。現在は「月探査情報ステーション」(http://moonstation.jp)で月・惑星探査情報を発信中。雑誌『ニュートン』などに執筆した記事多数。著書に『はやぶさ君の冒険日誌』(毎日新聞社、共著)、『惑星探査入門――はやぶさ2にいたる道、そしてその先へ』(朝日新聞出版)など。

筆者の著書『惑星探査入門――はやぶさ2にいたる道、そしてその先へ』が発売中

【参考URL】
新・宇宙計画(素案)
http://www8.cao.go.jp/space/plan/plan2/genan.pdf