近年、アウディ、メルセデス・ベンツ、レクサスといった高級車ブランドがコンセプトストアを次々と立ち上げている。それぞれのストアには性格の違いはあるものの、いずれも店内にカフェを併設しているという共通点がある。なぜ、高級車ブランドがカフェを始めるのか。その狙いと背景に迫った――。
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東京・原宿の明治通り沿いでひと際目を引く、全面ガラス壁面の建築物「アイスバークビル」。この1階、2階部分にアウディジャパン株式会社が運営する「アウディフォーラム東京」がある。2006年のオープン以来、ミュージシャン・坂本龍一氏のコンサートや写真家・篠山紀信氏の写真展、日本を代表するウルトラテクノロジスト集団「teamLab(チームラボ)」のプロジェクションマッピングなど、自動車販売店の枠に捉われない各種サービスを提供してきたが、2月5日、同社は2階部分をカフェスペースとしてリニューアルした。立地からは考えられない贅沢な広さ、高い天井。「緑の中をドライブする」ことをイメージさせるため、店内のいたるところに青々と生い茂った植物が配されている。さらにドリンクやフードは、ミシュランの星付きレストラン「レフェルヴェソンス」などを手掛ける「CITABRIA(サイタブリア)」がプロデュースしているというこだわりようだ。
アウディジャパン株式会社広報部・広報マネージャーの小島誠氏に話を聞いた。
「アウディフォーラムにおけるカフェの役割は、“ハードル”を下げることです。とかく輸入車の販売店は敷居が高いと思われがちですが、実際はそんなことはありません。実は、以前はドリンクを無料で提供していたのですが、無料ですとかえって来づらいというお客様もいらっしゃった。そこで発想を変えて、カフェ目当てで構いませんので、気軽に来ていただけるような魅力的な店を作ろうと考え、このような形でリニューアルしました。このあたりは土地柄、ファッションやデザインに敏感な若い方がたくさん歩いています。そういった方々は、今は車に興味をお持ちでないかもしれません。また若い方は資金面でもアウディを持つことが今は現実的ではないかもしれない。そんな方でも、是非、気軽にカフェに足を運んでいただきたい。そしてアウディに親しみを感じていただき、その質感を肌で感じ取ってもらえたらと思っています」
メルセデス・ベンツ日本株式会社が運営する東京・六本木の「メルセデス・ベンツ コネクション」の1階部分にも本格的カフェがある。日本を代表するバリスタ・澤田洋史氏が監修したコーヒーやカフェラテ、さらに人気のブランジェリー「Maison Kayser」の木村周一郎氏が手掛けるバケットサンドなど充実のメニュー。また2階部分には、ミシュラン2つ星レストラン『Restaurant Ryuzu(リューズ)』のオーナーシェフ・飯塚隆太氏がフードプロデューサーを務める、フレンチカジュアルレストランまで併設されており、ユーザーからの評価も高い。
「メルセデス・ベンツ コネクション」のディレクター・中山大輔氏は、「ここはメルセデスをより身近に感じてもらえる場所」と語った上で、こう続ける。
「メルセデス・ベンツは、ここ10年で車のバリエーションは約1.5倍に増えているのですが、『ベンツ=高級車』というイメージが強すぎて、敬遠されているケースもあります。高価格帯の車もありますが、それぞれのライフステージにあわせた車がある。それを知っていただくために、カフェは気軽にこの店に来ていただくための“入り口”のようなもの。ただ、このカフェもメルセデスなりのこだわりがあります。たとえばカフェで提供している一杯のカフェラテにはバリスタ・澤田洋史さんのこだわりが凝縮されている。これこそメルセデス・ベンツの品質に対する追求心、その哲学と相通ずるものがあります。そんなカフェラテを飲みながら、仕事をしたり、本を読んだり、店内の車を眺めたり、ここではみなさん思いおもいの時間を過ごされています。我々がこの空間を通して、目指しているのは消費者の方の『車を持ちたい』というモチベーションを高めること。この取組みに手ごたえを感じ、昨春は関西にもオープンしました。ちなみに本国ドイツでも、このアプローチは面白いということで、世界展開することになりました。やはり、新興国を除くと経済的に成熟した国の市場では、車と距離を置いた生活をする方が増えている。そういった市場の方々に、車のある生活がいかに魅力的か、また車を身近に感じていただくかは重要な課題。その一歩目として、こうしたカフェがあります」
尚、メルセデス・ベンツコネクションでは普通自動車免許証さえあれば誰でも「トライアルクルーズ(試乗)」ができる。一般の販売店の2~3倍という豊富なラインナップを取り揃えており、人気の高いサービスとなっている。
東京・南青山にある「INTERSECT BY LEXUS TOKYO(インターセクト バイ レクサス トーキョー)」は高級車ブランド「レクサス」が運営するブランド体験スペースだ。インテリアデザイナー・片山正通氏が手掛けたラグジュアリーな空間が広がる店内。その1階には、米ニューヨークタイムズ紙で「飛行機に乗ってまで試しに行く価値あり」と評された、ノルウェー・オスロ発の老舗コーヒーバー「FUGLEN(フグレン)」が監修したカフェがある。ブランドを身近に感じてもらうきっかけとしてカフェを運営しているという点では、アウディ、ベンツと同様のスタンスだ。しかし、店内にはコンセプトカーが1台あるのみで、その他には肝心の「車=商品」の姿が見当たらない。
「レクサスインターナショナル」ブランドマネジメント部の高田敦史部長はその理由についてこう説明する。
「そもそも我々は、レクサスを高級車ではなく、高級ブランドとして捉えています。そして、ここは車のショールームではなく、レクサスが考える本質的なライフスタイルを提案させていただく場所です。つまりレクサスのブランドの価値観をみなさまに認知していただく場所です。ですからこの施設には、車がなくても、レクサスの価値観を感じられるよう作られています。言葉では説明しづらいですが、そこはデザインを担当していただいた片山正通さんのこだわりの賜物でもありますので、是非一度足をお運びいただき、ご確認ください。また、インターセクトという名前の由来でもあるのですが、こちらは情報の発信だけでなく受信機能も兼ね備えています。青山に店を構えたのも、この周辺でお仕事をされている感度の高い方と接点を持つためでもあります。そうした方々が何を考え、感じていらっしゃるのかを知ることで、レクサスの目指す新しいラグジュアリーの創出にもつながります。また、我々だけでなくお客様同士が交わる場所として、この施設はあります。たとえば東京の新しいトレンドを作っているような方々が、ここでお茶をしながらアイディアを深めていただけたら、そんなうれしいことはありません」
昨年、レクサスは4年ぶりに世界のデザインの祭典「ミラノ サローネ」に建築家・平田晃久氏のインスタレーション作品などを出展したが、車の展示はしていない。またレクサスのプロモーション動画でも、車の登場シーンは少ない。こうした“車を見せない、触れさせない手法”がインターセクトでも実践されているが、その背景に消費者のマインドの変化があるという。
「日本に限ったことではないですが、我々の生きている現代は、カーライフに求める要素が多様化しています。一昔前のように、『高級車だからかっこいい』とか『高い車だから優越感に浸れる』という、ある意味単純な時代ではなくなりました。見栄一辺倒で車に乗る時代ではないのです。つまり、言ってしまえば他者基準から自分基準へ変っているのだと思います。もちろん他者基準がゼロになることはありませんが、自分がいかに楽しめる車か、自らの判断基準で優越感を得られないといけなくなっているのだと思います」
高級車を購入する消費者の判断基準が変わってきているからこそ、各社があの手この手を使い、アイディアを競っている。高級車ブランドの「カフェブーム」には、そのような背景があるようだ。