政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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新型コロナウイルスによる感染症に対応するという名目で新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、特措法)の改正案が閣議決定されました。改正案では2年を限度に政令で定める日まで新型コロナウイルスを同法の対象にするというものです。そもそも現行の特措法の対象疾病には、(1)新型インフルエンザ(2)再興型インフルエンザ(3)新型感染症が規定されています。新型コロナウイルスは、(3)にあたるわけですから本来は改正などせず、速やかに現行の特措法を適用してもよかったはずです。
イベントなどの自粛や全国小中高校の一斉休校の要請は今も続いています。もちろん、人によっては大変なことが起きつつあるのだから、思い切ったことをやってほしいと思うかもしれません。でも、それで経済が麻痺し、教育が混乱し、家族や地域社会がますます不安に駆られるとしたら、逆効果になりかねません。やはりそれなりのシミュレーションなり、専門家に裏打ちされたエビデンス(根拠)なり、しっかりとした説明が必要でした。兎にも角にも「私が決めた」。「後はそれに従え」というばかりでは「決断のための決断」になりかねません。
そうしたショック療法で初期対応の至らなさをカバーしようとする背景に、オリンピック開催や習近平氏の訪日に対する配慮があったのではと勘ぐられても仕方がありません。国民の多くは支持率とか、自らの政治的なレガシー作りとか、国民の生命や福利とは別の目的で矢継ぎ早の重大な決断が下されているように感じ、余計に不安が募っているのではないでしょうか。
その上に特措法の改正です。首相が緊急事態宣言を出せば、行政機関が一時的に国民の私権を制限できます。当初、野党側は国会通告のみで緊急事態宣言ができる点を危惧し、修正案を出していましたが「緊急でやむを得ない場合を除いては国会に事前の通告をする」ということで合意しました。
しかし与党側は国会での事前承認の明記や法案修正には応じていません。緊急事態宣言の解除の条件はなんなのか。私権が制限された場合の回復ができるような仕組みは作られるのか。改正後も問題は山積みです。
※AERA 2020年3月23日号