数年前に軽井沢は大雪に閉ざされ、在住の知人は買物に出るのすら困難になったことがあった(先日亡くなった藤田宜永さんの『大雪物語』に詳しい)。その記憶があったので、電話してみると、

「それよりも今、軽井沢はたいへんよ。小池知事の週末外出自粛要請で、その夜東京から疎開してきた人でスーパーは満員なのよ。トイレットペーパーは棚からすっかり消えてたわ」

 驚いた。そこまで考えていなかった。緊急事態宣言が出て、いよいよとなったら軽井沢に逃げ出すこともぼんやりと頭の隅にはあったが……。

 何という反応の早さ! これから起こることをすでに予想して行動に移していた。

 私は複雑な思いだった。

 東京が危なくなり、地方に逃げる。別荘のある人たちが素早く行動して、そこのスーパーの品を買い漁り、物がなくなる。

「かえって東京にいた方がいいかもよ。今後またいっそう人が集中することも考えられるし」

 知人はそう言った。

週刊朝日  2020年4月17日号

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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