姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 政府はやっと重い腰を上げ、緊急事態宣言の発出に踏み切りました。この間のスピード感のなさといい、ピント外れの1世帯に布マスク2枚配布といい、国民の多くがゲンナリしているのではないでしょうか。非常時に政府の揚げ足とりばかりではダメなことは百も承知です。でも、そもそも非常時とは何か。法治国家の秩序そのものが根底から危殆に瀕した時、国家は例外的に何をなすべきなのか。そもそも論がわからないまま、事態はジリジリと悪化の一途を辿り、新型コロナウイルスの感染者数の爆発的増加に向かいつつあるのが、今の日本の現状でしょう。

 ドイツのメルケル首相が宣告したように、世界は今、第2次世界大戦以来の危機、あるいは90年前の世界恐慌の淵に立たされています。もはや「あれもこれも」といった都合のいい「つまみ食い」は許されません。

 この間、政府は「オリンピック」も、「目立たない感染者数」も、そして「アベノミクスの延命」もと、「あれもこれも」の政治に終始してきました。チグハグで場当たり的で、一貫性がないように見えながら、「あれもこれも」という点では一貫していました。

 その一貫性を貫いているのが「忖度政治」です。「要請」「お願い」「検討」「柔軟に」など、要するに現場が混乱しかねない「よきにはからえ」の政治が続いていました。今回の緊急事態宣言で、これまでよりは緊張が走るにしても忖度政治の曖昧さ、無責任さは変わらないでしょう。

 社会秩序が底割れし、経済が崩落しかねない非常時に必要なのは「あれかこれか」の選択であり、何がなんでも感染拡大を食い止め、これ以上、死者を出さない断固とした措置です。そのためには、国家を担うパワーエリートが退路を断ち、自らの出処進退をかけて非常措置を取る覚悟と決断が必要です。

 同時に、そのような措置に対する補償や、無差別で公平でより広範な救済のための現金給付など、財政均衡を一時的に無視してでも「生存経済」の延命に果敢な措置を取るべきです。現在の日本は、「委任独裁」にも耐えられない、「弱い国家」「弱い社会」の組み合わせになっています。

AERA 2020年4月20日号