変人と天才は紙一重――。ノーベル賞受賞者など異能の人材が多数輩出する京都大学において「変人」はある意味、褒め言葉だという。既成概念の中にとどまっていては新しい時代を切り開くような自由な発想や研究が出てこないからだ。不便だからこそ役に立つ「不便益」を研究する不便益システム研究所所長で、京都大学大学院情報学研究科の川上浩司特定教授も京大らしい“変人”の一人だろう。
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知る人ぞ知る京大グッズといえば、6万本以上を売り上げた「素数ものさし」。13年の発売当初は入荷とともに京大生協の店頭からなくなり、1人1本までという購入制限がかかるほどだった。
長さ18センチ。上部のセンチの目盛りは、素数である2、3、5、7、11、13、17のみ。下部でミリが測れるが、やはり素数のみ。
1センチを測りたいときは、2と3の間を使う。4センチの場合は3と7の間を使う。開発者の川上教授はこう熱く語る。
「2センチの線は普通に引けるけど、それだと素数じゃない0を使う。ここは意地を張って、素数だけで測りたくなるじゃないですか? だから、3と5の間で線を引くんですよ」
では、7センチの長さの線を引きたいときはどうだろう。どうしても0が必要に思える。すると川上教授は満面の笑みで次のように説明してくれた。
「3ミリと73ミリを使えば、7センチが素数だけで引けるんです。素数を覚えていなくても、73が素数っぽいとわかれば引ける」
ちなみに価格は593円(税込)で、これも素数。川上教授との一連のやりとりで文系の記者は頭が痛くなったが、こうやって頭を使うところがこの物差しのポイントだという。
この物差し、突飛なアイディアから生まれたように思えるが、不便がもたらすプラスの効果「不便益」を真面目に研究した成果だ。不便益とは、頭を使ったり、手間をかけたりすることで、達成感や満足感を得られたり、能力低下を防ぐことができるという概念。逆説的だが、不便だからこそ、役に立つという考え方だ。
川上教授は今でこそ「不便益」という一風変わったテーマで研究しているが、そもそも、同大工学部出身。当初は、人工知能を研究していた。もちろんその頃は、川上教授も便利で効率的な世の中を目指していた。現代社会の“保守本流”の路線といえるだろう。