「みんなで頑張れば、香港の自由と民主を守れるかもしれないという期待があったからこの1年間闘ってきたけれど、もう無理かなと思い始めている。ほかの国へ移るかもしれない」(20代・男性、学生)
「少なくともあと1年はここに残って、香港がどうなるのかを見届けます。で、そのあとは台湾かオーストラリアへ移りたいんですが、ある程度お金をためないとそれも難しい」(20代・女性、銀行員)
「夫と2人、あと5年我慢して香港で働いてお金をため、家族でオーストラリアに移住すると決めました」(30代・女性、会社員。夫は消防士、子供2人)
「武装警察が市民を襲う写真も多く撮っているし僕は逮捕される可能性が高い。でも英国海外市民旅券を持っているので『逃げ場』はある。僕の彼女は香港の公務員だけど、英国に渡る際はできれば一緒に行きたい」(30代・男性、写真家)
そうした移住を検討する多数の香港市民の思いに応えようと、英国や台湾では政府のトップが思い切った発言をしている。例えばボリス・ジョンソン英首相は6月3日発行の「タイムズ紙」に香港に関する思いを寄稿し、香港市民の受け入れに便宜を図ることを表明した。
「今日、当該地域において約35万人が英国海外市民旅券をすでに保持していますが、さらに250万人にこれを申請する資格を付与します。現在、これらの旅券では、ビザなしで英国に最大6カ月間滞在できますが、中国が香港版・国安法を施行するなら、英国政府は現行の移民規則を変更し、香港でこれらの旅券を持つ全員に更新可能な12カ月間の英国内の滞在を許可。英国に来て働く権利を含む移民権を付与します。それにより市民権獲得への道も開かれます」(英国政府の公式ウェブサイトから抜粋)
もちろん、単なる「慈善」ではなく、ジョンソン首相には、莫大なカネや資産を香港から他へ移そうとしている富裕層をEUから離脱した自国に取り込みたい、才能溢れる香港の若い力を活用したいという思惑がある。そして、香港から出たがっている大勢の若者たちは今、ジョンソン首相の計らいに心が揺らいでいる。
昨年の6月、香港で起きた「100万人デモ」(9日)、「200万人デモ」(16日)は世界中を驚かせた。あれからちょうど1年。香港市民たちは、残って闘いを続けるのか、仕方なく他へ移り住むのか、葛藤をより強めている。(ジャーナリスト・今井一)
※AERA 2020年6月15日号