《「ゆっくり飲みたくなると、よけいな物を取っ払うクセがある」


 そいつは、銀の指輪を外した。ブルガリの時計も。
 西銀座四丁目。ビア・バー。
 外の気温、二十九度。十九時十五分。
 エフ。張り込み、尾行。三日目。
 初めて顔を晒した。
 至近で、見合う。
 相も変わらず 人馴れない。
 割り切る。仕事だ。
 無駄な動悸もなく、語れた。
 大手損保会社社長。同社総務部受付嬢。
 密会現場のネタ。
 脅迫がつづき、受付嬢が死んだ。
 既に一億余を手にした脅迫者。
 「なおも会社を脅して、せびってるんだ」
 エフ、淡々と問い詰めた。
 新聞社の運動部、社会部、経済部と渡り歩き、クビになった脅迫者。
 ブルガリの時計を外し、笑う。  
 大学生時代は、アメフトRB。
 エフの告発に、眉も瞼も一ミリも動かない。
 「そんな錆びネタ、どこに売るつもりだ」
 「そんなことじゃない」
 「お前、誰?」
 「受付の女が飛び降りたと知ったとき、少しは後悔したか。心のどこかに痛み覚えたか」
 そいつは、また笑った。
 エフは、見つづけた。
 ヒトとして、哀がない。
 標的に、する。決めた。
 途端に標的が、エフの肩をつかんだ。
 元アメフトRB。今もジムに通う標的の強烈なグリップ。目に、殺気がある。
 「そんな偽情報、誰が仕込んだか知らんが、二度と俺の前に立つな」
 エフは、強烈な痛みに耐えた。
 動かない。
 ほぼこの距離。後日、射殺する。
 とりこぼしたら、一瞬で逆襲される。

      「サイレントキラー VI」》

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