半導体市場の分析を専門とするマーケットアナリスト、フェルディナント・ヤマグチ氏。アウディの年次総会に出席するため、ドイツのミュンヘンに飛んだ。
ドイツと言えばビール、というわけで総会もそこそこに、国立ホフプロイハウス醸造会社が直営するビアホールへ繰り出したヤマグチ氏。そこでドイツ人やヤマグチ氏もびっくりするような、日本人の「誠実さ」を目の当たりにしたという。
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それにしても旨い。いやはや旨い。本場のビールは腸に染み渡る天国の美味であります。10杯もの大ジョッキを軽々と持ち上げて、人混みをスイスイと掻き分ける逞(たくま)しいウェイトレスに見惚れながら、我々はアイスバインを愉しみ、白ソーセージを堪能し、極上のビールに酔いしれたのでありました。散々飲んで食べて騒いでさあお勘定という段。アウディジャパンの広報部長K氏、渡された伝票を見てアレレと困った顔をなさいます。さては日本人をナメてのボッタクリか? 私もイイ感じにアゲていますから、何ならひと暴れしましょうかと息巻きます。
「いや、そうじゃない。逆です。安すぎるんです」。総勢7名のお会計が28ユーロ。ゼロを一つ付け忘れたのでしょう。「それなら問題ない」。私は大喜びで強引にK氏の腕を引くと、他のメンバーにも目配せして撤退を促しました。7名で28ユーロ。一人当たり4ユーロですから正しくケタ違いの大儲けです。K氏は浮かない顔をしていましたが、なに、計算を間違えた店が悪いのです。その日はそれでお開きとなり、私は(自分が払ってもいないのに)満ち足りた気分でベッドに潜り込みました。
翌朝。時間に正確なK氏が朝食会場に現れません。なんだ二日酔いかと皆で笑っていたのですが、何とK氏、どうしても自分の行動が許せず、朝イチの電車に乗ってミュンヘンに戻り、昨夜の差額を支払いに行ったと言うのです。店のマネージャーもさすがに感激したようで、「よく来てくれた。あんたは正直だな。でも昨日の会計は締めちゃったし、誰が担当したかも分からない。次も必ずウチに飲みに来てくれ」と、結局おカネは受け取らず仕舞いだったそうです。ああ、小銭をチョロまかした卑しい自分が情けない。
※週刊朝日 2012年3月23日号