状況が一変したのは今年2月。世界中で瞬く間にコロナウイルスが蔓延し、イタリアでは本格的なロックダウンとなった。彼は買い物以外、家から一歩も出られない。お互いの国を行き来することは難しくなったが、すでに書類は整っていたため、「リモート入籍」に迷いはなかった。入籍に向け、A子さんは平日に休みをとり、大使館や区役所などを往復した。「休みなのにごめんね」と気遣ってくれる彼のために、足を動かすこともいとわなかった。

 そして3月24日、A子さんは2人分の婚姻届を携え、役所に1人で提出した。結婚をしたという実感はあまり湧かなかったが、

「無事に入籍できて、とにかくほっとしました」(A子さん)

 彼も電話越しに、「これで僕たち2人はオフィシャルだよ!」と喜んでくれていた。あとは配偶者ビザの申請をしつつ、コロナの収束を待つだけだ。

 ところが入籍から数週間後の4月上旬、日本でも「緊急事態宣言」が出され、前向きなA子さんの心境にも陰りがみられるようになる。彼の働こうとしていた飲食業界も軒並み閉店し、就職のめどが立たなくなったからだ。コロナ前の、積極的に外国人を受け入れるようなインバウンドの機運もすっかり消えてしまった。日本に来られたとしても、この経済状況では当面、外国人の雇用は期待ができない。

 さらに、ロックダウンが強行されたイタリアにいる彼は数カ月間、家から一歩も出られず、収入が途絶えていた。渡航や新生活のために蓄えていた貯金も、大半を使い果たしてしまっていた。

 先が見えなさすぎる……A子さんの不安は募るばかりだった。

「このままだと、入籍から一度も会えずにバツが付くかも」

 そんな不安が頭をよぎった。

 それでも5月の半ばまでは、彼の気持ちは前向きだったようだ。

「夏には一度、コロナが落ち着くかもしれない。来られるようになる場合に備えて、配偶者ビザを申請するための書類を準備しておいて」

 そんな彼の言葉に安心しつつも、A子さんの心の中では「貯金がゼロで仕事もないのに大丈夫なのか」という現実的な不安はぬぐえなかった。

次のページ
日本に暮らすイメージが持てなくなった彼