批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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SNSを利用した広域強盗事件が話題となっている。先月19日に東京都狛江市で起きた殺人事件をきっかけに、強盗団の存在が明らかになった。全国各地で20件以上の事件に関わったと考えられている。
驚いたのは強盗団の運営形態だ。首謀者は国外在住。実行犯はSNSで高額報酬目当てに集まった人々で、居住地はばらばら。通信アプリの指示どおりに集まり強盗を働くが、相互に面識はない。けれども参加には個人情報の提出を求められ、足抜けは難しい。
首謀者は「ルフィ」を名乗り、現在フィリピンの入管施設に収容されている人物との関連が疑われている。同人物は巨大な特殊詐欺集団を運営し、2021年にすでにマニラで逮捕されている。にもかかわらず強制送還を免れているうえに、施設内では賄賂(わいろ)を駆使して贅沢な生活を送っているという。スマホの使用も自由で、日本の実行犯を手足のごとく動かせるのはそのためのようだ。
今月上旬にはフィリピンのマルコス大統領が来日する。本件は外交問題になっており、首謀者の送還は遠くないだろう。全容解明を望みたい。
それにしても治安維持が難しい時代になった。実行犯の募集も誰もが使うSNSで行われている。「闇バイト」で検索すると確かに無数の投稿がある。闇バイトのタグを禁じても別の隠語がすぐ現れるだろう。全てを人力で確認し削除するのは不可能だ。
首都圏での連続ポケモントレカ窃盗など、最近はほかにも闇バイト関連の犯罪報道が相次いでいる。かといって安易なアプリ規制にも問題がある。今回強盗団が用いた「テレグラム」は匿名性が高く、ロシアの反戦活動家が使っていることでも知られている。言論の自由の確保と犯罪の可能性は表裏であり、最終的には利用者の警戒心に委ねるほかない。
闇バイトの台頭は表社会と裏社会の境界が流動化していることの証しでもある。暴力団が弱体化し半グレが現れた。その傾向がますます加速している。日本は過去30年、停滞といいながらも治安の良さだけは守り続けてきた。これからも守り続けてほしい。
◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※AERA 2023年2月13日号