御厨 野田内閣が発足し、まずまずの滑り出しを見せています。「宇宙人」の鳩山由紀夫、「運動家」の菅直人と2代続けて不思議な人が首相になりましたが、野田首相は木綿の布のような、ほっくりした感じがする。国民は、少しホッとしたかもしれません。

松原 さっそく福島原発の事故対応拠点「Jヴィレッジ」に出向き、自衛隊員や警察官を激励した心配りは、この首相らしいですね。ただ組閣には新鮮味も大胆さもありません。組閣は出版社で言うならば、新雑誌創刊号のメーン企画でしょう。本来なら、新人も入れながら、ベテラン作家にもこれまでと違うテーマに挑戦してもらうなど、いろいろと工夫するはずです。そういった「虎視眈々と狙っていた」感がない。

御厨 昔の自民党はこんな組閣をしたなあという既視感のある人事で、野田カラーは出ていません。各大臣の経歴を見ても、前に副大臣を経験したといったことしか出てこなくて、これをやったという実績がない。形だけは整えましたという陣容で、時計の針が巻き戻っています。鳩山政権のときから感じていたことですが、民主党は人事を行うことの怖さ、重大さを全く感じていない政党なんですよ。

松原 鳩山さんは、政界引退宣言をあっさり撤回するような人ですから(苦笑)。民主党という政党自体、言動が非常に軽い印象です。

御厨 メディアは野田内閣の地味さに好感を持っています。普段はリーダーシップが必要だと声高に訴えるのに、いざそうなりそうな強い人が出てくると、いつもたたいて引きずり下ろす。野田さんみたいな人だと、ドジョウ総理と持ち上げるんですね。しかし、あんな内向きの組閣や発言が目立つ人で、この国難を乗り越えられるでしょうか。

松原 通常国会の会期中に、東日本大震災という国家の危機が起こりました。しかし、民主党政権は何もできなかった。こんな非常時の初動は現場に任せるしかありません。国は速やかにお金をつけて、責任はこちらがとるから存分にやってくれと現場に言えばよかったのに、多くは現場の活動を阻害しました。
 まだしもマシだったのは大畠章宏国土交通相(当時)で、現場のことを何も知らなかったのが逆に奏功して、対応を現場に丸投げ、激励するだけで邪魔しなかった。東北地方整備局長は友人なんですが、危機管理のスキームどおりにわずか1、2時間で建設会社を何十社も集め、道路の瓦礫を一気に取り除きました。遺体がたくさん出てきて大変だったそうですが、すごいスピードでやり遂げた。その道路を通って自衛隊が現地へ入ったんです。

御厨 菅政権は明確な指示はまったく出さず、私が議長代理を務めた復興構想会議が提言を出すのを待っていただけでした。しかも提言を出しても、そのとおりに復興を進めろと号令をかける人すらいない。

松原 政府に知恵がないからアイデアを貸してくださいという話だったはずなのにねえ。(笑い)

御厨 なぜここまで政治が機能しなかったかといえば、結局、震災が起きようが何が起きようが、首相を中心に政権を支えようという態勢にならなかったからでしょう。菅さんも、震災を生かして延命することしか考えていませんでした。

松原 恐るべきことですね。

◆「側用人政治」は機能しない時代◆

御厨 菅さんは何か気に入らないことがあれば、自分で探した人を参与に任命し、その人の言うことだけは聞きました。周囲は参与だらけで、怪しげな人もたくさん政権に入り込みました。こういう「側用人政治」は、生き馬の目を抜く現代社会では機能しないのです。菅さんの中では、復興構想会議の提言が出た時点で復興は終わったのでしょう(苦笑)。それで関心は再生エネルギーに移りました。

松原 菅さんは、時期によってテーマが変わります。やり始めても、雲行きが怪しくなったり飽きたりすると、すぐ次のテーマに行ってしまう。政権発足当初から消費増税だったりTPPだったり、言うことはコロコロ変わりました。「植物党を作りたい」なんて、およそ一国の総理の言葉とは思えないことまで言いだしましたしね。

御厨 菅直人という人は、やはり運動家なんです。党内に自分の反対派がいても特に気にせず、それが当たり前だと思っている。ただし、その反対派と対話して理解してもらおう、協調しようという気はさらさらない。自民党などの野党を含め、自分の反対派に囲まれながら、運動家の自分をいかに世間にアピールし、世論と結託して生きていくかということしか考えない。

松原 普通は、人を率いて理想を実現しようとするのが運動家だと思いますが、菅さんはそもそも目的がなくて、敵を攻撃することだけが得意なタイプです。統治とは組織を動かすことですが、そういうことをいっさい考えていないし、その能力もない。

御厨 自社さ政権で菅さんが厚生相として人気を博していた当時、後藤田正晴・元副総理から「菅だけは総理にしちゃいかん」と言われました。「菅は基本的に統治ということを知らない男だ。統治に反対することはできるが、総理として統治そのものはできない」というのが理由でした。後藤田さん一流の勘が働いたんでしょうね。いま振り返るとそのとおりでした。

松原 個人として目標がなくても、震災後の対応という目的が天の配剤で降ってきたのに。統治の技術さえあれば、活躍できたはずです。いちばん首相になっちゃいけない人が、いちばんマズイ時期に首相になってしまった。

御厨 復興構想会議でも菅さんから「うまくいっているようですね」と言われたので、私は「自分たちの力ではありません。支えてくれている若き官僚たちの力です」と言いました。そうしたら意外そうな顔をして「官僚って、信用できますか? あなたがたの下にはそんなに官僚がいるんですか」なんて言う。私は「彼らがいないと何もできません」と答えたんですが、ひどく驚いた様子でノートにメモしていました(笑い)。それぐらい、徹底的に官僚不信なんです。

松原 官僚だろうが民間人だろうが、日本人はこんな非常時は使命感に燃えて必死になって働きます。仮に普段は敵だとしても、こういうときはうまく使ってやればよかった。菅さんに失政があったかと聞かれると、実は答えるのは難しい。何もしなかったから、失政も何もない。でも、不作為がいちばんの罪でしょう。

御厨 さて、各党の採点に入りましょう。前回(昨年12月24日号)の採点を見ると、「元気なのは福島瑞穂だけ」と書いていますね(笑い)。いまも本当にそのとおりで、民主党の党首力はまったくない。これは不合格のEをつけるしかない。危機管理力については不合格もつけたくないというか、もう採点拒否です。(苦笑)

松原 政策力も説明力もまったく不十分なのでDでしょう。将来期待度は、まあ野田さんに少しは期待して、Cとしましょうか。総合評価はDとEの間のDマイナスですね。

御厨 国民新党は、そういえばあったなという感じです。亀井静香代表は、自民党の浜田和幸参院議員を引き抜くなど、旧自民党的な動き方をしました。スポット的には頑張ったと思いますが、いまの時代はそういう動きが評価されない。周りも彼にソッポを向いてしまいました。

松原 大連立という話が出てくると、国民新党は存在意義がなくなってしまいますからね。そうした党の存亡の危機を敏感に察知して動いたことは評価できるかもしれない(笑い)。危機管理力はCでしょう。

◆存在感なき自民、ダメ企業の共産◆

御厨 自民党は、震災が起きて以降、何の存在感も示せてないから、党首力はD。民主党の悪口を言っているだけではダメですよ。

松原 谷垣自民党がやったことと言えば、菅内閣への不信任案を出したことぐらい。でも、あのとき結局、追い詰められなかったわけですから、評価はできません。説明力も含めDです。

御厨 本当に何もできなかったからね。

松原 自民党が苦しいのは、結局、自民党政権が原発を推進してきたからです。私は脱原発を強く訴える立場ではありませんが、自民党はこれまでの原発行政について、何らかの説明をすべきだと思います。そうしないと、将来期待度は上がりません。

御厨 公明党も、大連立が実現したら存在感はまったくなくなってしまう。万一そのときが来たら、連立に入るか入らないか、決断を迫られます。仮に入ったとしても、鳩山政権での国民新党や社民党のように影響力を行使できるかといえば、難しいでしょう。

松原 公明党で目立ったことといえば、子ども手当を従来の児童手当をベースにしたものに戻せと言ったことくらいです。

御厨 ほかに何もないから、総合はCにしましょう。

松原 共産党の機関紙「赤旗」は、部数がかなり落ちているようです。赤旗は唯一の収入源なので、党にとっては死活問題です。購読料を上げると言っていますが、逆に収益も党員も減る可能性があります。

御厨 「顧客」である党員が逃げ出している状況を、値上げでなんとかしようというのは典型的なダメ企業です。このままだと、党本部が貸しビルになる日も遠くないかもしれない(笑い)。政策力も説明力も何もないから、総合はDをつけるしかありません。

松原 社民党は、ここにきて奇跡の逆転ですね。オウムのように脱原発を訴えていたら、いつの間にか世間の趨勢(すうせい)になってしまった。福島党首はずいぶん早い時期から菅さんに「浜岡原発を止めろ」とかけあい、菅さんもこれを聞き入れた。

御厨 それで、経済産業相だった海江田万里さんが泣かされたわけですけどね(笑い)。党首力は採点不能ですよ。ただ、脱原発の流れをつくったことは評価するしかない。これは政策力というより説明力でしょうから、高くつけてBです。

松原 みんなの党は「発送電分離」などと言いだして、新自由主義路線を突き進んでいます。でも、発送電分離は電気のコストを下げる方策であって、いま問題になっている原発の安全性とは直接関係はない。とにかく自由化すればいいという考え方は、ずいぶんずれてるなあと思います。

御厨 みんなの党は本当に「ピープルズパーティー(大衆迎合政党)」になってしまった。渡辺喜美代表も、いま何をすればいいかわからないのでしょう。次の総選挙で議席が増えればいいというだけで、その先を見据えた戦略は見えてこない。将来期待度はDです。

松原 そうすると、Bをつけられるのは社民党の説明力だけですか。実際、政治で動いたことと言えば、脱原発しかありませんからね。それにしても、惨憺たる有り様だなあ。(苦笑)

御厨 まったく、ひどいよねえ。(苦笑)

◆テーマを絞って期限つき大連立◆

松原 国民が政治に何を期待するかといえば、最終的には危機管理です。ところが、今回の震災で、危機管理できない政治家がこんなにたくさんいることがはっきりしてしまった。野田政権には、期限を決めて、この国難に対処してもらいたい。仮に年内なら年内と決めた上で、復興にテーマを絞るなら大連立を組んでもいい。ここまではTPPも外交もとすべての政策で大連立しようと画策して、身動きがとれなかった。

御厨 野田首相は、政権発足後、最初の100日間はあの木綿のようなキャラクターが受けるかもしれません。しかし、それが過ぎたときに「やっぱり、この木綿おじさんは何もしないね」と国民に思われたら、途端に不満分子が動き出す。野田首相がコケたら、民主党政権は首相3人がみんな不適格者だったことになるから、党そのものがつぶれかねません。来年度予算は、相当な覚悟をもって臨む必要が出てきます。

松原 ところで、小沢一郎元代表はこれからどうなりますか。代表選でも負け続けて、さすがに苦しいかなとは思いますが、まだ数の力は残っていますよね。

御厨 小沢さんも、自分の力を測りかねているのではないでしょうか。いちおう数はいるけど、大半は次の総選挙で落選するでしょうから、期間限定の勢力です。いま抱えている裁判がスッキリして党員復帰できた暁には、何かやろうという気はあると思いますが、現状では、これ以上強く出られないでしょう。ただ、民主党から小沢さんという軸がなくなったときに、代わる軸がないのも事実。民主党はいろんな人が集まってできた烏合の衆ですが、反小沢か親小沢かで不思議にまとまっている面がある。

松原 小沢さんが選挙に強いという神話も、まだ亡霊のように残っています。失敗も多かったと思いますが、一昨年の総選挙で大勝したという歴史がある限り、神話は消えません。ほかに選挙に強い人材がいるわけではないから、結局、次の総選挙でも小沢さんに頼ることになるかもしれない。それで負ければ、やっと脱小沢となるのでしょう。

御厨 でも、そのときは小沢さんと一緒に民主党もダメになる可能性が高い(笑い)。実は最近、政治を論評するのがだんだんイヤになってきているんです。だって、悪口と愚痴しか言えないなって、自分でも思いますもの。(苦笑)  (構成 本誌・田中裕康)

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まつばら・りゅういちろう 東大教授(社会経済学) 1956年、神戸市生まれ。東大工学部卒。同大学院経済学研究科博士課程修了。著書は『日本経済論』(NHK出版)など多数。格闘技にも造詣が深い

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みくりや・たかし 東大教授(政治学) 1951年、東京都生まれ。東大法学部卒。96年、サントリー学芸賞受賞。TBS「時事放談」キャスターも務める。著書は『知と情 宮澤喜一と竹下登の政治観』(朝日新聞出版)など多数


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