但(ただ)し、水彩のように思うようには描けません。最初はモタつきますが、そのモタつきが面白い効果を上げます。文章のように思い通りにはいきません。油絵の魅力は思い通りにいかないところです。自分はもっと上手(うま)いはずだと思っていても、そうは問屋が卸しません。地獄の底に突き落とされたかと思いますが、この地獄を見なければ、自分の絵が描けません。だけど地獄には地獄、天国には天国の絵があります。天国と地獄の中間の煉獄(れんごく)で「助けてくれ」と叫びながら描く快感を味わって下さい。

 セトウチさんの油彩画第一号はぜひ見たいものですね。この前にも言いましたが、先生に教わると、形通りの万人向きの絵になって、「あらお上手!」と言われるだけで、そんなもんは絵じゃないのです。絵は工芸とは違います。技術も必要ないです。下手な方が魅力的です。先ずご自分の審美眼を捨てて下さい。「そんなことわかっているよ」とまた、エラ振ってなんて思わないで下さいね。出来たらメールで送って下さい。待ってます。僕の楽しみがひとつ増えました。どうぞ始めて下さい。

■瀬戸内寂聴「私も自分の絵見たいけど暑くて…」

 ヨコオさん

 暑いですね。毎日京都は三十八度とか九度ですよ。九十八年生きてきて、こんなムチャクチャな暑さは、かつて記憶にありません。

 温暖な阿波は徳島生まれ、育ちの私は、常にいい気候に恵まれていて、四季はそれぞれに楽しんでいました。

 四季の中でも、特に徳島の夏が、好きでした。何しろ、夏は阿波踊りがあります。私の子供の頃は、今のように全国的に阿波踊りが普及していなくて、他県からわざわざ見物に来る客もなければ、県でも、それを迎える見物席を造ったりはしていません。

 旧盆の八月が近づくと、どの家からも三味線の音がしています。三味線のない家などありませんでした。たいていおばあさんか、若い嫁さんがそれを弾くと、合(あわ)せて笛を吹くじいさんや聟(むこ)がいたものです。

 家の中で踊れない人間などありませんでした。

 子供たちは三歳くらいから見様見真似(みようみまね)で覚えました。

 町内では黙っていても、楽隊係りが出来、踊り手は家族すべてでした。

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