財務省すら手をこまねく無能ぶり 「裏切りの15カ月」

子ども手当の満額支給に八ツ場ダムの中止、ガソリン税の暫定税率廃止--。次々と公約を撤回し、外交でも失敗を重ねる菅内閣は、ついに、霞が関の振付師である財務省にも愛想を尽かされたようだ。決断できない首相のもとで、来年度の予算編成を立ち往生させるわけにはいかないと、霞が関の"菅外し"が加速し始めている。

 すったもんだの揚げ句、菅内閣が提出した補正予算案が11月16日、衆議院を通過した。だが、この時点で臨時国会の会期末まで17日。しかも、民主党が新たな連携先として秋波を送った公明党まで反対に回ってしまった。
 政府・与党が尖閣諸島沖の漁船衝突事件に右往左往して根回しを怠り、愛想を尽かされた。これが永田町の定説だ。民主党の参院幹部はこうぼやく。
 「衆参ねじれ国会では、衆院側でもめて、『荷崩れ』したまま予算案や法案を送られると、参院側は大荒れになる。国会対策のイロハのイなのに、官邸はわかっていない。いずれ身内から反乱が起きかねないよ」
 朝日新聞社の11月13、14日の世論調査でも内閣支持率が27%にまで落ち込んだ。
 こうした事態を受けて、政権の「振り付け役」を自任してきた財務省内でも、
 「菅直人首相にはもともと期待してなかったが、仙谷由人官房長官まで、この体たらくとは……」(幹部)
 と落胆が広がり、なにやら不穏な空気が流れだした。
 民主党政権が昨年9月に誕生したとき、旗印にしたのは「政治主導」だった。国家戦略局を立ち上げて税財政の骨格をつくり、国税庁と社会保険庁を統合した歳入庁で税と社会保険料を一体管理する--いわば、「財務省解体」とも言える構想を掲げていた。
 ところが、いざ政権が動きだすと、経験不足がたたって日常的な仕事ですら思ったとおりに進まない。そのせいか、目先の官僚批判が強まった。某省幹部の話。
 「大臣にレクしようと大臣室へ向かっていると、いきなり政務官が立ちふさがり、『ちょっと待て。政治主導なんだから、大臣の前に、まずおれを通せ』と言われましてね(苦笑)」
 民主党と霞が関はたちまち「冷戦」状態となった。

●政治主導の「敵」、すぐさま頼りに
 そんななかで、政権運営の「振り付け」を任されたのは、究極のターゲットだったはずの財務省である。
 鳩山内閣誕生から2カ月たった昨年11月、民主党政権最大のヒット策とも呼ばれる「事業仕分け」が初めて実施された。
 議論の場では、財務省が論点を整理した資料を配り、予算編成を受け持つ主計局の担当者がたびたび口を挟んだ。当時の仕分け人はこう明かす。
 「予算削減は財務省主計局の本来の仕事ですから、その指摘にはうなずかされることが多かった。一定の影響力がありました」
 今年10月27~30日に開かれた特別会計を対象とする「事業仕分け」第3弾も財務省主導だった。蓮舫行政刷新相は仕分け前から、
 「(仕分けで)お金を出そうとは思っていない」
 「(特会の)隠れ借金である埋蔵借金も含めて、現実を直視していきたい」
 などと発言した。
 「財務省の『振り付け』のたまものでしょう。特会には埋蔵金どころか借金が積み上がり、財政再建には消費税率を引き上げるしかない。そんなシナリオを印象づけられた」(同省OB)
 しかも、この仕分けでは、財務省所管の外国為替資金特別会計と財政投融資特別会計(財投特会)はほぼ手つかずで残された。
 「財務省では、7月に就任した勝栄二郎事務次官、真砂靖主計局長、勝さんの側近で官邸に派遣されている佐々木豊成官房副長官補の3人が軸になり、政権の指南役となっている。事業仕分けにしても補正予算にしても、国家戦略室は蚊帳の外で、主計局が仕切っています」(別の同省幹部)
 財務省は、省を挙げて政権の「脚本家兼振付師」を務めてきたわけである。ところが、肝心の「役者」たちが「振り付け」どおりに動けない。それが致命的な「問題」だった。
 最初にして最大のすれ違いは、7月の参院選前に菅首相が消費税率の引き上げを突然持ち出したことだった。
 財務省は、菅首相が財務相になった1月以降、消費税に手をつける必要性を繰り返し説明し、政府税制調査会とともに詳細を詰めて次の総選挙の前後に案を示すとしていた。
 ところが、菅首相は政権発足後すぐに、財務省ではなく内閣府に対して、
 「消費税率を15%に上げたらどうなるか、3日間で試算してほしい」
 と命じ、増税構想をぶち上げてしまった。
 この「フライング」で民主党は参院選に大敗。
 「これで当面、消費増税を言いだせなくなった。菅首相を信用したのがバカでした」(前出の財務省幹部)
 役者が期待どおりに踊らなかった例はほかにもある。
 10月の事業仕分けで、財務省は削減の目標額を1兆円に設定していたとされる。だが、実際に削られたのは最大でも6千億円だった。
 「1兆円という規模は『いずれは消費税の増税もやむなし』と思わせると同時に、『成果が小さい』と財務省の責任を問われない絶妙の金額です。削れるように準備してあったのに、民主党がなぜ削らなかったのか、いまだによくわかりません。相手があまりに不勉強で、財務省も手を差し伸べきれなかったのでしょうか」(前出のOB)
 この仕分けでは、財投特会は「金利変動リスクに備え必要な積み立てを行う」と判断された。だが、4月に初会合を開いた民主党の特別会計検証チームは、「金利変動準備金の1兆円は一般会計に繰り入れられる」と結論づけていた。
 「これは財務省も納得した案でした。財務省も財投特会の改善は必要だと思っている。仕分けでなぜ生かさなかったのか不思議です」(チームの一人)
 どちらも、財務省が手厚い「振り付け」をしたにもかかわらず、「役者」がついていけなかったという話なのだろう。
 とはいえ、来年度の予算編成作業は佳境を迎えている。財務省の試算や概算要求をもとに単純計算すると、歳入が10・1兆円足りず、国債の元利払いを除く歳出を1・6兆円削らなければならない。
 「財務省は『結局、予算は自分たちで組むのか』と胸をなで下ろしていますよ」(民主党の中堅議員)
 その証拠に、財務省は各省庁に対して、自民党政権時代と同様に概算要求額を前年度比で一律10%削減するよう求めた。自らは「経済危機対応・地域活性化予備費」を1兆円要求した。
 この議員が財務省幹部に、
 「最後は、この予備費を使って調整するんだろう」
 と聞くと、相手は苦笑いしてこう答えた。
 「本来は政治の側からそう言ってもらわないと……」
 どんなに大根役者でも代わりがない以上、振付師は、来年度予算が成立するまで付き合わざるを得ない。
 「菅内閣の支持率の落ち方は早すぎるが、回復しても困る。来年度予算の成立と引き換えに総辞職が余儀なくされるよう、来年3月に底をつけるのがちょうどいい」(別の財務省幹部)
 菅首相はこの「振り付け」にどう動くのか。

※肩書等については記事掲載号が発売された当時のものを使用しております。

週刊朝日