「朝鮮半島有事」シミュレーション
朝鮮戦争は終わっていなかった--その事実を思い出した人も多かっただろう。民間人が犠牲になるという1953年の休戦以来の惨事に、韓国の世論は沸騰し、国防相が辞任に追い込まれた。片や、日本の国会は相も変わらず、閣僚の問責など内輪の議論ばかりだ。この国の守りは大丈夫なのか。日本の「迎撃力」を総点検した。
焼け焦げた壁際に、ガラス窓の破片が散らばっている。慌てて逃げたのだろう。別の家では、屋内のテーブルに飲みかけのマグカップが置かれたままだ。
「家が燃えてしまった」
「これが同じ民族のすることなのか!」
11月23日に、北朝鮮の砲撃にさらされた韓国・大延坪島(テヨンピョンド)。島には80発もの砲弾が着弾し、兵士と民間人あわせて4人が犠牲になった。半世紀以上前に朝鮮戦争が休戦して以降初の"異常事態"に、朝鮮半島はにわかに緊張した。
しかも、北朝鮮の暴挙はさらに激しくなっていく可能性さえある。
米韓両軍は28日から12月1日まで、島がある黄海で合同軍事演習を実施する。この演習には米海軍の原子力空母ジョージ・ワシントンや、イージス艦フィッツジェラルドなど強力な艦船が参加する。これに対し、北朝鮮は25日以降、
「再び無分別な軍事的挑発を行うなら、躊躇なく第二、第三の強力な物理的報復打撃を加えるだろう」
「尊厳と主権を少しでも侵害するなら、さらに恐ろしい対応射撃を加える」
と、立て続けに激しい警告を発し続けている。
安全保障とエネルギーを専門とするシンクタンク、独立総合研究所の青山繁晴社長は言う。
「米艦隊を狙うと壊滅的な反撃を受けるので、直接の攻撃は考えにくい。それよりも心配なのは、ソウルのような人口密集地に長射程の大砲を撃ち込んでくることです。軍事境界線に近い朝鮮人民軍の最前線には、最大射程70キロの大砲がズラリと並び、ソウルまでは約52キロですから」
韓国には、3カ月以上の中長期間の滞在者だけで2万8千人の邦人がいる。紛争が激化すれば、安全に退避させなければならない。
前原誠司外相は25日の衆院予算委員会で、
「万が一の事態になった時には、民間のチャーター機や自衛隊、友好国にも呼びかけて救出に当たりたい」
と約束したが、自衛隊の輸送機や艦船を使った邦人の救出は、自衛隊法で「輸送路の安全が確保されている」場合、つまり「平時」に限られている。現状では、日本人の救出を米軍などに頼むしかない。
自民党の中谷元・元防衛庁長官は、
「ほかの国は、多少の危険は覚悟して自国民の救出に当たっている。日本も法律を改正し、危険な地域に取り残された日本人を救えるようにすべきです」
と指摘するものの、法改正のメドは立っていない。
事ほどさように、日本の政府はこれまで「有事」を現実の可能性として考えようとしてこなかった。現時点で、いざというときに、どれだけの「迎撃力」が備わっているのだろうか。
朝鮮半島の緊張がさらに高まれば、隣国である日本が狙われる可能性もある。
海上自衛隊の元護衛艦隊司令官で、弾道ミサイル防衛(BMD)に詳しい金田秀昭・岡崎研究所理事が警告する。
「北朝鮮は、日本のほぼ全域を射程に収める中距離弾道ミサイルの『ノドン』を200発以上保有しているし、新型ミサイルや核開発も進めている。警戒を怠るべきではありません」
事実、北朝鮮は昨年4月、長距離弾道ミサイル「テポドン2」の改良型とみられる機体を発射し、東北地方の上空を横切って太平洋上に先端部などが落下した。
「このときは打ち上げの失敗に備え、自衛隊が迎撃ミサイルSM3を搭載したイージス艦や、地対空誘導弾PAC3を備えた高射隊を展開した。今後は、周辺国の動向を見極めつつ、外交、抑止、国民保護などと並行し、弾道ミサイル防衛システムの整備を、着実に進めていく必要があります」(金田氏)