姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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(c)朝日新聞社
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 実質的に日本を操舵するリーダーを決める自民党の総裁選は、派閥政治の密室的な駆け引きだけが目を引きます。あえてその中に変化の兆しを探るとすれば、新総裁・総理になるはずの菅義偉氏の動向です。無派閥の菅氏が有力派閥のただのマリオネット(操り人形)で終われば、使い捨ての運命は免れないでしょう。ただ菅氏にとって好都合なのは、有力派閥の間に激しい鍔迫り合いが伏在することです。その牽引と反発の力学を巧みに操れば、自力で動くリーダーに徐々に変貌していく余地が残されています。

 安倍政治を支える「大番頭」は菅氏でした。木で鼻を括るような答弁でメディアを煙に巻き、安倍政権を支えた「防波堤」も菅氏でした。一方、安倍晋三氏本人、安倍氏の属する清和政策研究会の細田博之氏、麻生派の麻生太郎氏、さらに平成研究会の竹下亘氏といった、安倍氏を支えてきた派閥のトップは世襲議員か、兄弟が国会議員の政治家たちばかりです。

 そうした背景のない菅氏が、菅氏を担ぎ出しポスト安倍の流れを決めた党人派の二階俊博幹事長とタッグを組んだのは、ある意味で必然だったのかもしれません。地方議員を父にもつ二階氏は策士的な旧(ふる)いタイプの政治家ですが、それでも新政権は、官邸だけに権力が集中し、党はその下働きに甘んじるという安倍政権の権力構造が微妙に変化し、官邸と党という二つの楕円の中心をめぐって展開していく可能性はあります。

 自前の国家観やビジョンを語ったことがあまりなく、メディア対策も含めて執行権力の実務的な運営に長けた菅氏が、イデオロギー色の濃厚な安倍首相の思想信条にどれだけ共鳴していたのか定かではありません。ただ、憲法改正に前のめりになっているとは思えません。さらに対中、対韓政策についても、一挙に改善へと舵を切ることはないにしても、二階氏の意向を汲みつつ、議員交流などを通じて党と二人三脚で改善への糸口を探っていく可能性がないわけではないでしょう。それらは、「忍び足」の脱安倍化への動きとなるのかどうか。新総理のもとで幹事長と官房長官のポストが誰によって埋まるのかが、見極めのポイントになるはずです。

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2020年9月21日号