たとえば、専守防衛という言葉がある。誠にインチキな言葉だが、いまだにこの言葉が結構通用している。この言葉を定着させたのは、防衛庁長官時代の中曽根康弘氏だ。専守防衛とは、敵が日本に攻めてきたら戦うということで、いわば本土決戦である。しかし、本土決戦などやれば1千万、2千万人以上の日本人が犠牲になる。
そのことを首相になった中曽根氏に問うと、「専守防衛とは戦わないということだ」と答えた。では、日本の安全保障はどうなるのかと問うと、「戦うのは米国で、だから日本は米国と仲良くしなければならない。それが日米同盟を強化するということだ」と説明した。
第2次大戦後、米国は世界一強くて豊かな国となり、パックス・アメリカーナ、つまり世界の平和を守るのは米国だということが米国人のプライドと自信になり、それが米国の役割だと考えてきた。
だが、経済事情が深刻になり、オバマ前大統領は、米国は世界の警察ではないと宣言、トランプ大統領は、米国さえよければ世界のことはどうでもよい、と宣言した。パックス・アメリカーナを放棄したわけだ。となると、日本の安全保障はどうなるのか。どうすべきなのか。今、本気の本気で考えなくてはならなくなっている。
※週刊朝日 2020年9月25日号