AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
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3時間の長尺に一瞬身構えてしまうが、その世界に身を投じると、物語の強度に圧倒される。「ある画家の数奇な運命」で描かれるのは、ナチスの台頭、ベルリンの壁建設といった激動の時代のドイツだ。現代アートの巨匠、ゲルハルト・リヒターをモデルに、彼が自身の表現スタイルを見つけていくまでを描く。
クルト・バーナート(トム・シリング)は、アートに造詣が深い叔母の影響で、幼い頃から絵画に興味を持つが、精神のバランスを崩した叔母はナチスの安楽死政策によりガス室に送られる。その後バーナートは芸術の道に進むが、愛した女性の父親は叔母を死に追いやった元ナチス高官だった。
監督のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクが、初めてリヒターの存在を知ったのは14歳の頃。父とその友人が、リヒターの作品である「叔母マリアンネ」について話しているのを耳にした。
「『この叔母さんは、ナチスに殺されたんだよ』と、ひそひそ声で話していました。ナチスが安楽死政策を行っていたことはあまり知られていなかったので、二人は声を潜めていたんですね。子どもは大人が周囲に聞こえないような声で話している内容に興味を持つもので、その時のことはいまも鮮明に覚えています」
物語のなかで、バーナートの義理の父となる元ナチス高官のゼーバント(セバスチャン・コッホ)は歴史の複雑さを体現する存在として描かれる。
「残念ながらゼーバントのような人間を何人も知っている」とドナースマルク監督は言う。一呼吸おき、こう続けた。
「ドイツの小学校で、権威的で冷酷な教師に出会いました。子どもたちも『あの人はナチスの時代にひどいことをしていたに違いない』といった会話を交わしていた。年代はかなり上ですが、“優越感があるが故の冷酷さ”を感じさせる人に何人も会ってきたんです」