浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
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菅義偉首相(c)朝日新聞社
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 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

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 困った。「すがすがしい」という言葉を使えない。この言葉の本来の意味を辞書で確認すれば、「心地よくさわやかだ」である。だが、菅内閣が発足してしまった今、「すがすがしい」と言えば、どうしても「菅っぽい」とか「菅的だ」という語感になってしまう。心地悪くて、まるでさわやかさに欠ける。

 この心地悪き「すがすがしさ」が、日本学術会議の会員任命問題の中に、誠に黒々しく充満している。日本学術会議の新会員は、学術会議の推薦を受けて首相が任命する。従来は学者による公選制をとっていたが、1983年に日本学術会議法が改正されて、現在の方式になった。

 この法改正の審議中、当時の中曽根首相は次のように答弁している。「政府が行うのは形式的任命にすぎません。(中略)各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由・独立というものはあくまで保障されるものと考えております」

 この法解釈が生きているのだとすれば、どう考えても、首相に任命を拒否する権限はない。ところが、菅首相は学術会議が推薦した新会員候補のうち、6人を任命しなかった。その一方で、法解釈の変更はしていないというのが、政府の主張だ。だが、実はそうではなさそうだ。

 というのも、内閣府が2018年に取りまとめた文書には「首相に(中略)推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えない」という見解が示されている。内閣法制局も了承した文書だという。この文書の存在は、10月6日に行われた学術会議任命拒否問題に関する野党合同ヒアリングで判明した。つまり、安倍政権下で相当に踏み込んだ解釈変更が行われていたということである。何とも胡乱(うろん)だ。

 さらには、ここに来て、問題の6人を含む候補者名簿を、菅首相はそもそも見ていないという話が持ち上がっている。そうだとすれば、任命権の無い誰かが、前もって6人を名簿から外したことになる。大胡乱だ。

 そうこうするうちに、河野太郎行革担当相が、日本学術会議を行革対象にすると言い出した。胡乱極まれり。かくして、「すがすがしい」と胡乱は同義となった。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2020年10月26日号