大量のTシャツでもみくちゃになってる僕に、妻が聞いてきます。「稽古場に行く前に、なんか食べてく?」
もはやこの時点で、人類史上まれにみるテンパリストの僕の頭は箱崎ジャンクションのようにグルングルンです。例えがイマイチ分かりづらい上にお前は何度人類史上まれにみれば気が済むんだという話ですが、そんな僕は妻に答えます。
「なんでもいい!」
妻はさらに聞いてきます。
「カレーでいい?」
僕はほとんど叫びに近い声で答えます。
「カレーでいい!」
俺、なにを書いてるんだろうという気にもなってきましたが、とにかくあの日の朝の惨劇を克明に皆さまにお伝えせねば。
「あれ!?水筒は?水筒ないよ!」
そう妻が叫んだのはその時でした。
コロナ禍以降、僕は現場に必ず水筒を持参してるのですが、その水筒が見つからないと、僕にとってのドラえもん、つまりはマイワイフが叫んだのです。
「そんなはずないよ!昨日間違いなく稽古場から持ち帰ったもん!」
いまだTシャツにまみれたのび太、じゃない、僕が叫び返します。
「だってないよ!…え?お父さん昨日帰ってから、ちゃんと私に渡した?水筒」
「渡した!渡した!…ような気がする!…え?俺が車ん中に忘れたかな?ちょ、俺、車に行ってカレー探してくる!(←実話)」
「(カレー発言はスルーして)じゃあ、そのあいだに私が着替えのTシャツを…あ」
「どした!?」
「…ごめん、私だった」
「何!?何が!?」
「…昨日衣替えしてる時にお父さんに渡されたから…あった、水筒。タンスに(←実話パート2)」
水筒を巡るドラえもんとのび太の攻防はこうして終焉を迎えたわけですが、そしてなんとか稽古にも間に合ったわけですが、そしてそして今日のコラム、ホントに何を書いてるんだろうという感じですが、最後にひとつだけ皆さんにお伝えしなければいけません。
この日、食べ損ねました、カレー。
■佐藤二朗(さとう・じろう)/1969年、愛知県生まれ。俳優、脚本家。ドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役や「幼獣マメシバ」シリーズで芝二郎役など個性的な役で人気を集める。ツイッターの投稿をまとめた著書『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)のほか、96年に旗揚げした演劇ユニット「ちからわざ」では脚本・出演を手がける。原作・脚本・監督の映画「はるヲうるひと」(主演・山田孝之)が近日公開予定
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