文芸評論家の縄田一男さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『類』(朝井まかて著、集英社 1900円・税抜き)。
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この一巻は、鴎外の末子である類が少年時代、父が丹精した花々で彩られた庭を逍遥しながら、「僕、いい子になります」、だからパッパ(父親のこと)、かえってきてと、不在の父の姿を求める場面からはじまる。
同じ年頃の少年たちは「誰も相手にしてくれなかった」類にとって、「ハヴァナの匂いのする父の躰は、類の世界を保証していた」と作者は記している。
ところで類とは奇妙な名である。一説によると、鴎外の子供たちは全員が当時としては異色の名前で、これはドイツに留学した鴎外=森林太郎という名前が外国人にとって発音しにくくて苦労したので、世界に通用する名前にしようとしたからだという。
確かに、姉たち、父の死後、最も文名をあげた森茉莉(まり)、そして杏奴(あんぬ)は、続けて読めば、マリー・アントワネットではないか。アントワネットといえばブルボン王朝である。
そして、ここからは恐らく私の妄想に近いのだが、類をアルファベットで書くと、“Louis”──これは英語ではなく、フランス語であろう。となると、類=ルイはブルボン王朝の王の名で、鴎外が最も偉大な王に模して名前をつけたとすれば、ブルボン王朝の最盛期を招来した太陽王ルイ14世ではないのか。
孤独で淋しがり屋、そして甘えん坊の太陽王──もしかして類は生涯、父のつくった庭を出たくなかったのではあるまいか。
しかし、実際はそういうわけにもいかず、父の死後、美穂という得がたき伴侶を得るも、あなた、働いてくださいませんか、といわれる始末。画業と文筆は、それぞれ巨匠といわれた人から可愛がられるが、敢えてきびしくいえば、中途半端としかいいようがない。
それでも文筆はまだ父の血筋のおかげか、もう少しで開花というところまでいき、本人も一喜一憂──いや、シビアな目で見れば、群小作家としては、充分、成功しているのである。