AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
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脚本は無条件に面白くなければいけない──。「詩人の恋」で長編デビューを果たしたキム・ヤンヒ監督が言う通り、冒頭からクスクス笑いっぱなしだった。
韓国・済州島で生まれ育った詩人のテッキ(ヤン・イクチュン)は稼ぎがほとんどなく、家庭を支えるのは土産物店を営むしっかり者の妻ガンスン(チョン・ヘジン)だ。
のんびりとした日々を送っていたテッキだが、妊活を始めたことで心が乱れ始める。憂鬱(ゆううつ)になっていく彼を救ったのは、近所に開店したドーナツ店。次第に店で働く美青年セユン(チョン・ガラム)に心動かされていく……。
一見、同性愛映画。だが、観終わった後は不思議とそんな気がしない。その理由をキム・ヤンヒ監督はこう話す。
「同性愛を強調したこともあったんですが、脚本を何度も書き直していく中で、この映画は同性愛だけを語っているのではなく、あくまで人と人との関係、感情の触れ合いが大切だと気づいたからだと思います。人生は喜びや悲しみ、つらさなどいろいろな感情が詰まった豊かなもの。人と人との関係もそうです。その中には性的な感情もありますし、お互いを哀れむ感情もある。そんな人生のレイヤーをたくさん入れた自然なシナリオを書きたいと思っていました」
自分ではどうしようもない報われない恋に苦しむ、大人になりきれていなかった中年男の成長ぶりが見ものだ。
演出では事前にヤン・イクチュンをはじめ、出演者とシナリオを一緒に読み、キャラクターが今までどんな人生を歩んできたのか、個人史について話し合った。監督と俳優が互いにキャラクターを理解していく過程が、演出の準備の過程でもあると言う。
「私が考えるいい演出とは、いい俳優さんをキャスティングすることと、その俳優さんたちがいい演技ができるように環境を整えること。ヤン・イクチュンさんやチョン・ヘジンさんという有能な俳優さんたちをキャスティングできたことが、私にとっての最大の演出でした」