11月16日午前4時ごろ、路上生活をしていたとみられる大林三佐子さん(64)が、東京都渋谷区内のバス停で男に頭を殴られて死亡した。所持金はわずか8円。最終バスが通り過ぎた夜半に現れ、人目をしのぶように夜明けまで過ごしていた生活困窮者の女性が、なぜ暴力の標的にされなければならなかったのか。
警視庁は5日後の21日、母親に付き添われて出頭した近くに住む職業不詳の吉田和人容疑者(46)を傷害致死容疑で逮捕。吉田容疑者は物が入ったとみられる袋で大林さんの頭部を殴り、外傷性くも膜下出血で死亡させた疑いがもたれている。
■無抵抗の弱者を選んだ容疑者
犯人の映像が現場近くの防犯カメラに映っていたこともあり、「スピード解決」は予測できたものの、今なお解せないのは容疑者の動機だ。
吉田容疑者は逮捕時、「痛い思いをさせればあの場所からいなくなると思った」と供述。地域でゴミ拾いなどのボランティアをしていたと言い、「バス停に居座る路上生活者にどいてほしかった」などと話しているという。
生活圏の「異物」を排除するかのような口ぶりには憤りすら覚える。だが、無抵抗な弱者を選んで制裁を科す心理や、いびつな「自己防衛本能」は吉田容疑者に限ったものではない、ということにすぐに気づかされる。路上生活者だけでなく、ネットやSNS上のヘイト、学校や職場でのいじめ、コロナ禍での医療従事者への差別や偏見、店頭やコールセンターで働く人々に浴びせる容赦ない暴言……。不安と不寛容がないまぜになった利己的な意識は既に私たちの日常を覆っている。
理不尽としか言いようがないのと同時に、どこかで「心当たり」のある事件。そんな感覚をぬぐえないまま、容疑者が逮捕された21日夜、甲州街道沿いにある現場のバス停を訪ねた。
じつは事件発生後、現場には数回足を運んでいたが、いずれも日中だった。大林さんがバス停を訪れていた夜間に来れば、生前の大林さんを知る人に会えるかもしれないと思ったのだ。