女の子を担当した児童相談所の職員は20年の経験を積むベテランだった。職員は、父親が面談に来ると女の子が異常におびえるのに気がついた。保護期間を終えて家に帰るという前日、「家に帰りたくない」と言う女の子に理由を聞いた。最初は「家の手伝いを自分だけがさせられている」「首を絞められる」ということを言っていたが、「他にもある?」と聞いたとき、泣きながら「お父さんが布団に入ってくる」と言ったという。
一審では、この職員の証言も、また女の子の処女ひだが損傷していた事実も考慮に入れられず、「12歳でも性的情報をタブレットなどで入手できる。架空の性被害をつくった」などとされた。高裁の判決文では、一審の判決が抽象的な判断に基づいていると厳しく否定された。
高裁では一審の判決理由の一部が読み上げられたのだが、あらためて残酷な判決だったと知る。女の子には軽度の知的障害があり、質問の意図を理解せず、その場を逃れるために発言してしまう軽度のアスペルガー症候群でもあった。ところが一審の裁判官は女の子に直接「週1回、やられちゃったの?」(この聞き方もどうなの?!)となどと、被害の頻度を誘導するように質問し、女の子の証言を切り取るように採用した。
長期にわたる被害の場合、頻度など曖昧な記憶になっていくのは当然だが、そういう性被害者の実態を知らず、ベテランの児童相談所職員の証言も軽視した判決だったといえよう。
2019年には他にも性犯罪無罪判決が続いた。性暴力に抗議するフラワーデモを私が友人らと呼びかけたのは、まさにこの12歳の女の子の事件があったからだ。あのときは、「裁判官が無罪判決を出したのだから、よほどのことだ」と言う法律家は少なくなかった。でも、実際には裁判官のジェンダー観、性暴力の理解度、ミソジニーの深さなどで判決は変わる可能性がある。だからこそ、裁判官のジェンダー教育、そして性犯罪の刑法適正化が必要なのだ。
フラワーデモをはじめるきっかけとなった4件の無罪判決のうち、3件は逆転有罪と一審が覆った。残る1件は、唯一裁判員裁判で出された無罪で、検察が控訴しなかった。
裁判官は約1時間にわたって判決文を読み上げた。被告の父親は微動だにせず判決を聞いていた。結婚指輪をつけた、スーツ姿の、少し肥満の、優しい雰囲気すら他人に与えるフツーの男性だった。裁判官は、彼自身が児童ポルノを所持していた罪を認めていること(携帯電話に児童ポルノ動画をダウンロードしていた)、また扶養すべき家族がいることを考慮しても、検察の求刑通り7年が妥当とした。判決を聞いても彼の表情の変化は分からなかった。
弁護人が上告するかは分からない。それでも高裁で出されたこの判決が、今も苦しむ性被害者にとって、少しでも光になればと思う。2020年最後に、ずっと胸につかえてきたことが一つおりた。女の子の支援の方々の力に敬意を。そして女の子が、夜を恐れずに眠れますように。
■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表