一般の家庭に生まれた少年が、期待を集める若手役者にまで成長。偶然の連続のおかげでここまできたと、中村莟玉さん(24)は回想する。
「まだ3歳くらいのころから、歌舞伎座で母の膝の上で見始めたんです。小1のときに新橋演舞場に東をどりを見に行き、休憩時間にロビーで、いただいた手ぬぐいを使って、その前に舞台を拝見した(片岡)仁左衛門おじ様の『切られ与三』のまねをしていました。するとたまたま通りかかったおばあさんが『手ぬぐいの結び方が違う』と話しかけてきたんです」
その女性は日本舞踊家の花柳福邑さん。それが縁で彼女のもとで稽古をするように。福邑さんはひょんなことで歌舞伎座の支配人と知り合い、支配人は少年に興味を持った。結果、中村梅玉さんのもとで見習いを許され、小学2年生で初舞台。
「そのころの私の将来の夢は、ウルトラマンか歌舞伎役者か電車の運転士だったのですが、歌舞伎に惹かれていきました」
2019年に梅玉さんの養子となり、披露公演。その後、通常公演に2カ月出たところで、コロナのため歌舞伎公演は中止となった。昨年8月から再開されたが、
「半分しか埋まっていない客席を見て、寂しくて。歌舞伎のために何ができるかを考え続けました。私はお客としての経験もありますので、それを強みに、なにかお返しができるようになればと思っています」
危機の中、強運の若手の存在が頼もしい。(本誌・菊地武顕)
中村莟玉(なかむら・かんぎょく)/1996年、東京都生まれ。2004年3月、中村梅玉に見習いとして入門。05年1月、「御ひいき勧進帳」の富樫の小姓で初舞台。06年4月、梅玉の部屋子となり、中村梅丸を名乗る。09年10月、「京乱噂鉤爪」の花がたみで国立劇場特別賞。10、11、14年と国立劇場奨励賞を受賞した。19年に梅玉の養子となり、初代・中村莟玉を名乗る。1月27日まで、歌舞伎座での「壽初春大歌舞伎」第一部「壽浅草柱建」に化粧坂少将で出演中。
※週刊朝日 2021年1月15日号