作家の下重暁子さん
作家の下重暁子さん
写真はイメージです(Getty Images)
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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、「時刻」が持つ意味について。

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 毎年のことだが、年末年始のテレビはほとんどが特番になる。二時間~四時間ぶちぬきの芸能番組が多く、日常のニュースや報道番組はほとんどなくなる。ということは、私などは見る番組がなくなってしまう。

 こんな時こそ腰をすえて取材・編集したニュースや情報番組があれば、見る人も多くなるのではないか。あるいは日常番組で工夫した方がいい気もするのだが。

 そうした中で一月三日日曜日のNHK Eテレの日曜美術館は、時間帯こそ違え、見ごたえがあった。出演者もそれぞれ感性あふれる発言のできる人々だった。

 番組で推薦された様々な分野の美術の中で、とりわけ印象に残ったのが、河原温の作品。時を数字として刻んでいく絵画である。

 過ぎていく時を刻みつけるその作品には記憶がある。

 今から四十年ほど前になるが、映画監督の伊丹十三さんのテレビ番組にゲスト出演した。

「今日はあなたに時計になっていただきます」

 情け容赦なく「○時○分になります」「ピッピッポーン」「○時○分になります」「ピッピッポーン」これを無機質に私の声で積み上げていくのだ。

 あの伊丹さんのことだから、ただではすまないと覚悟して行ったのだが、ほんとうに時計がわりになるとは……。

 その間にも時は過ぎる。私は私の声でそれを刻みつけていく。

 一段落したところで、伊丹さんから紹介されたのが河原温の作品であった。当時はまだ存命中で、真面目に毎日、時を描き続けている最中だった。

 面白い試みとは思ったが、その大切さには、まだ気付いてはいなかった。なぜ伊丹さんが私に苛酷な仕事を命じたのかにも。

 時は流れ、様々な事件が起きた。阪神大震災(1・17)、アメリカ同時多発テロ(9・11)など、その「時刻」が持つ意味が切実さを増した。河原温の絵画の奥深さにようやく気がついていった。

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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