絶頂の最中ワン・ダイレクションを脱退し、直後にリリースしたデビュー・シングル「ピロウトーク」(2016年)が米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で首位を獲得。同曲が収録されたデビュー・アルバム『マインド・オブ・マイン』も全米・全英で1位に輝き、まさに“華々しい”スタートを切ったゼイン。古くはニュー・エディションのボビー・ブラウン、2000年代ではイン・シンクのジャスティン・ティンバーレイクに続き、ボーイズ・グループからソロに転身しての大成功を遂げた。
以降、テイラー・スウィフトとデュエットした映画『フィフティ・シェイズ・ダーカー』からのリード・トラック「アイ・ドント・ワナ・リヴ・フォーエヴァー」(2017年)や、シーアをフューチャーした「ダスク・ティル・ドーン」(2017年)などをヒットさせるも、「ピロウトーク」の衝撃を上回る作品には恵まれず、不安障害に悩まされる等メンタルも崩れ、そういった逆境を表現した2ndアルバム『イカロス・フォールズ』(2018年)も、内容の充実度とはウラハラに商業的な成功は収められなかった。
本作『ノーバディ・イズ・リスニング』は、その『イカロス・フォールズ』から約2年ぶり、通算3作目のスタジオ・アルバム。発表に至るまでの間には、世界を揺るがせた新型コロナウイルスによるパンデミックと、ジジ・ハディッドとの間に授かった第1子の誕生という対照的な出来事があったワケだが、直接的ではないものの、それ等を受けて感じた内容も随所にみられる。
オープニング曲「カラミティ」はタイトル(災難、不幸)からして重苦しいが、その内容も宗教的な表現を含んだ自身のメンタルヘルスについてであり、淡々と早口で紡ぐ語り口調とマイナーなコーラスは、その路線の代表格(とも言える)エミネムを彷彿させる。冒頭からなかなかの衝撃だ。
昨年9月にリリースされた先行シング「ベター」は、【第62回グラミー賞】で<最優秀R&Bソング賞>など4部門にノミネートされたデイヴィッド・ブラウンが制作に加わったミディアムR&B。ジョン・レジェンドの初期にも近いフレイヴァーは(良い意味で)ボーカルを演歌っぽく仕上げた賜物だろう。寝起きからシェービングをして青いスーツに着替えるモーニングルーティン風のミュージック・ビデオでは、父親っぽい風格もみせた。
「ベター」に続く「アウトサイド」も、優しい音色と旋律のネオソウル風アーバン・メロウ。それもそのはず、 同曲にはR&Bシンガーのカリードがソングライターとして参加していて、彼の作品でいうと「サタデー・ナイツ」(2018年)あたりに近い雰囲気を纏っている。ゼインの武器であるファルセットも最大限に活かされた、ボーカル・ワークもすばらしい。ファルセットの美しさでは、そのカリードやトレイ・ソングスなどを手掛けるタレイ・ライリー作の「コネクション」も、おセンチなアコースティック・メロウに乗せた高音が曲の持ち味を引き出している。
2ndシングルとしてリリースした「ヴァイブス」も、黒いテイストを引き継いだスムース&メロウ。この曲は、前述のカリードや H.E.R.、クリス・ブラウンなどのプロデュースで知られるマイク・ライリーと、 ロジェ・チャハエド(トラヴィス・スコット、ドージャ・キャット等) が制作に参加していて、彼等に提供した作品にも通ずる心地よさが受け継がれている。名前を伏せて聴いたらソウルシンガーかと錯覚するほど、ゼインのボーカルも黒い。エイティーズっぽいネオンカラーのMVも、程よいチープさが曲の雰囲気とマッチした。
1人目のゲストはジ・インターネットのボーカル、シド・ザ・キッド。両者による初タッグ「ホウェン・ラヴズ・アラウンド」は、ダンスホールをアレンジしたユニーク且つお洒落なトラックで、シドのライトなボーカルと、ゼインのちょっとクドい声質が絶妙な対比を生み出し、彼女のセンスも型崩れすることなく“ゼインの曲”として表現された。もう1人は、英ロンドン出身のラッパー=デブリン。こちらも初共演となる「ウィンドウスィル」では、デブリンの鋭いラップとアク強めのトラップ・ビートで、ヒップホップへのアプローチを強めた。
その他、デビュー曲「ピロウトーク」路線の哀愁を漂わすミディアム・メロウ「スウェット」や、日本では安室奈美恵にも楽曲を提供したニッキー・フローレス参加のファンキー&メロウ「アンファックウィテーブル」、張り上げることなく終始優しいボーカルで統一したフォーキーなメロウ・チューン「タイトロープ」、そしてオルタナ・ロックに寄せた艷やかで深みのある最終曲「リバー・ロード」いずれもスモーキーな雰囲気のR&Bを主とした楽曲が並んでいる。
昨年は、同ワン・ダイレクションのハリー・スタイルズが2ndアルバム『ファイン・ライン』を大ヒットさせ、その成功が少なからずゼインにとっても刺激を与えたと思われるが、彼のスタイルに便乗せず、派手なプロモーションも行わず、自身のルーツであるR&Bを基盤として完成させたことは意義があると思う。地味ながら一曲一曲の細やかな作りには関心するし、ソングライティング、ボーカルいずれもクオリティを高め、これまでにない余裕みたいなものも感じられた。『ノーバディ・イズ・リスニング』というタイトルも、名声に囚われず、自分らしい価値観でカジュアルに完成させた……という意味を示しているのかもしれない。
Text: 本家 一成