市川:「弥次喜多」は父と猿之助のお兄さんが弥次郎兵衛と喜多八を演じています。僕のお役は、不況の煽りで家が没落してグレてしまった梵太郎。金髪は猿之助のお兄さんの指示だったと思うんですが、髪形は父と床山さんとお話ししながら決めていきました。金髪といっても色の濃さはさまざまです。1色だと外国人みたいになってしまうかなと思って、濃さの違う金髪をまぜることを提案しました。そのほか、指輪をつけたりネックレスをジャラジャラつけたり。ピアスしてネイルして、茶色の眉マスカラも使っています。

 梵太郎はそもそもがお殿様なので、父には「汚い感じではなくて綺麗な感じを残しつつグレちゃった」という雰囲気を出すように言われました。そこを表現するのが難しかったですね。演技でもここまで自分と正反対の役をやったことはありません。「うっせーな」みたいな普段自分が使わないようなセリフがあったので(笑)。ただこうしたセリフはお芝居でしか言えないですから、それは気持ち良かったです。

■忘れられない一年に

——コロナ禍に見舞われた20年だが、染五郎は歌舞伎の舞台だけでなく、アニメーション映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」(21年6月25日公開予定)で主演。声優に挑戦するなど、可能性を広げた年でもあった。

市川:正直に言うと、コロナで自粛していた期間があまり思い出せないくらいいろいろなことをさせていただきました。こういう状況の中でも舞台に出させていただいたり、舞台に立てない期間は配信ものに出させていただいたり。コロナ禍だから何もできなかった、という感じではなかったことがすごくありがたいと思っています。一生忘れられない一年になりました。

——コロナ禍では歌舞伎の舞台に立てば、客席は一つ飛ばしで客入りは半分。今も「いつか満席の客席を見たい」と毎日思っている。そんな中で歌舞伎への思いに変化はあったのだろうか。

次のページ