一:おしゃれ、というかステータスだったんですね。
東:そのうち擦るところが擦れてボロボロになっちゃって。ところで一之輔さんの時代はハエいました?
一:いました。ハエとり紙はないですが、蠅帳はありました。
東:リボンに飴がついているのはなかった?
一:わが家にはありませんでしたが、(寄席の)末廣亭の楽屋には5年前くらいまでありました。
東:誰か頭にくっつけちゃって、えらいことになって。
一:ははは(笑)。それはなかったですけど、蠅帳は夏場はけっこう重宝していたんじゃないかな。冬場は火鉢があります。この時期、前座は火おこしが仕事です。
東:あえて残そうとしているんですかね。
一:たぶん。火鉢があると、火鉢中心にみんなが座るんです。寄席の楽屋は個室じゃないので。8畳一間にどんと火鉢がおいてあって、偉い順に座る位置が決まっている。柱を背にして火鉢を真ん中にして。あれがないとどこに座るかわかんなくなっちゃう。
東:大事なことだね。落語家の身分制度を維持するために火鉢が大事な役割を果たしている。
一:落語家って、入った順に偉いと決まっているんですよね。火鉢がなくなったら、制度が崩壊してしまうかもしれない。
東:エアコンになったら、中心がわからないものね(笑)。あと、落語でよくそばを食べて見せるじゃない。でも食事は本来、音を立ててはいけない。
一:日本人は、食事中の音には寛容ですけどね。
東:寛容ではあるけど、このグローバル化で外国の人もまじっている中、「ずずず」はいいのか。
一:私、ベルギーで落語をやったことあるんですが、日本人は「ずずず」とそばを食べるんですよ、と客に言ってまねしたら、みんな拍手して笑ってくれていました。
東:それは善意の拍手ではないね(笑)。
一:上から目線ですか。日本人はなんて野蛮なんだと(笑)。僕、良いほうに受け止めていました。
東:馬鹿にされていると疑わなかったの?(笑)
一:すごい喜んでいるのかなって。でも実際、ベルギーのお客さんを舞台にあげて(そばをすするしぐさを)やらせてみようと思ったら、音を立てられなかったですね。
東:以前、そば屋で外国人の青年を見ていたんだけど、青年はそばを食べるのは初めてではないんだろうけど、すすろうとしてがんばってもどうしてもすすれなかったね。