一人ずつに語らせていくスタイルにも理由がある。
「時代小説は難しいと思っている方が多いから、語りのほうが近く感じてもらえるかなと。会話なら情報が自然に入ってきて伝わりやすい。私自身がおしゃべりなので、説明している自分を想像しながら書いたらすごく楽でした」
なるほど、あだ討ちの制度や武士の社会、芝居小屋の仕組みがスッと頭に入ってくる。5人の中には吉原の遊女の息子、火葬を担う隠亡に育てられた人など世の不条理を味わってきた人もいて、芝居小屋の中だけではなく当時の社会も見えてくる。
目の前で話を聞いているような心地よい語り口は、落語を参考にしたという。江戸物の小説を書くときは落語を聞くとスイッチが入るそうだ。
永井さんは当時と今の社会は似ていると感じている。遠くに異国船が来て脅威を感じ、経済的には豊かなようでいて格差が広がっている。忠義を尽くす、人に迷惑をかけないよう我慢するなどの道徳観で身動きが取れなくなっている。
「今の話として書くと毒が強いことも、江戸を舞台にして少し離れて見ると客観視できます。この小説はエンターテインメントでありつつ、現代に光を当てることにもなればいいなと思っています」(ライター・仲宇佐ゆり)
※AERA 2023年2月6日号