『木挽町のあだ討ち』(1870円〈税込み〉/新潮社)雪の降る晩に芝居小屋の近くであだ討ちがあった。まだ16歳の菊之助が父親の仇である作兵衛の首を討ち取ったのだが、2年後、当時の顛末を聞きに一人の若侍が芝居小屋を訪れる。小屋で働く人々が語った真相とは。予想外の結末が待ち受ける長編時代小説(photo 写真映像部・戸嶋日菜乃)
『木挽町のあだ討ち』(1870円〈税込み〉/新潮社)雪の降る晩に芝居小屋の近くであだ討ちがあった。まだ16歳の菊之助が父親の仇である作兵衛の首を討ち取ったのだが、2年後、当時の顛末を聞きに一人の若侍が芝居小屋を訪れる。小屋で働く人々が語った真相とは。予想外の結末が待ち受ける長編時代小説(photo 写真映像部・戸嶋日菜乃)

 一人ずつに語らせていくスタイルにも理由がある。

「時代小説は難しいと思っている方が多いから、語りのほうが近く感じてもらえるかなと。会話なら情報が自然に入ってきて伝わりやすい。私自身がおしゃべりなので、説明している自分を想像しながら書いたらすごく楽でした」

 なるほど、あだ討ちの制度や武士の社会、芝居小屋の仕組みがスッと頭に入ってくる。5人の中には吉原の遊女の息子、火葬を担う隠亡に育てられた人など世の不条理を味わってきた人もいて、芝居小屋の中だけではなく当時の社会も見えてくる。

 目の前で話を聞いているような心地よい語り口は、落語を参考にしたという。江戸物の小説を書くときは落語を聞くとスイッチが入るそうだ。

 永井さんは当時と今の社会は似ていると感じている。遠くに異国船が来て脅威を感じ、経済的には豊かなようでいて格差が広がっている。忠義を尽くす、人に迷惑をかけないよう我慢するなどの道徳観で身動きが取れなくなっている。

「今の話として書くと毒が強いことも、江戸を舞台にして少し離れて見ると客観視できます。この小説はエンターテインメントでありつつ、現代に光を当てることにもなればいいなと思っています」(ライター・仲宇佐ゆり)

AERA 2023年2月6日号