手塚治虫の傑作マンガ「ブラック・ジャック」は週刊少年チャンピオン1973年11月19日号から連載が始まり、今年40周年。医療マンガの先駆けで、医療界にも愛読者は多い。がん手術後の乳房再建を専門とする医師、岩平佳子さんに同作への思いを聞いた。

*  *  *

 私の親はマンガにはいい顔をしなかったので、ブラック・ジャックは仲のいい友達から単行本を借りて読んでいました。印象に残っているのは、外科医としての腕よりも、一匹狼で、呼ばれれば外国でも山奥でもどこにでも出かけていって、自らの危険を顧みず患者を救ったり、貧しい村の人々に感謝され、信頼されたりする場面です。高額な治療費をもらうため、という目的があるわけですが。

 法外な金額を要求して、非難される場面もたびたび出てきますが、私はこれには共感できるんです。日本の場合は国民皆保険だから、健康保険を使えばどの病院だろうと、どの医師だろうと、医療行為ごとに同じ値段になる。ベテランの医師が手術しても、新人医師の初めての手術でも同じ値段。これでは、がんばって技術を磨こうという意欲がなくなってしまいます。

 誤解を恐れずに言うなら、医師は技術に見合った報酬を受け取るべきです。もちろん、報酬はお金に限ったことではなく、患者さんや家族の笑顔や感謝の言葉などいろいろですが、お金はわかりやすく、モチベーションに直結しますからね。

 でもブラック・ジャックは、お金お金と言いながら、「なんとしても治してみせる」という熱いマインドにあふれていますよね。現実はなにもかも治せるわけじゃないし、患者さんの気持ちまで救えないことも多いですが、最近の医学生にはブラック・ジャックのような「患者さんを思う気持ち」がだんだん薄れてきているような気がします。

 大学の准教授として医学生を教えていたころ、学生たちは平然と、「医者になってどのくらいでベンツに乗れるようになりますか」「次の教授は誰でしょうね」などと聞いてきました。患者さんはかやの外で、自分のことしか考えていない。これから医師になろうという人の関心がこの程度か、と愕然としました。さしたるモチベーションもなく、ただ勉強ができる子が医学部に進む弊害なのでしょうか。

 私自身、親に言われて医学部に進学しましたから、大きなことは言えません。それでも町医者だった父親が、患者さんに呼ばれれば自分の体調が悪かろうと夜中だろうと診察しにいく姿を幼いころから見ていて、自分を犠牲にしてでも患者さんのために尽くすのが医師の原点だと思ってきました。医師になるには、そういう覚悟がいる。医師は刃物で人の体を傷つけることを許された唯一の職業ですから、その誇りと責任を忘れてはならないんです。

 青臭い理想論と言われようと、医師になっても患者を思う気持ちは忘れずにいてほしい。ブラック・ジャックに感銘を受けた人、「ブラック・ジャックのようになりたい」と思って医学部を目指した人は、いい医者になると思いますよ。

週刊朝日 2013年4月26日号