作家の室井佑月氏が、大村愛知県知事のリコール運動で大量の署名が無効となった問題について意見を述べる。
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愛知県知事のリコール運動は、署名43万筆のうち、8割以上の36万筆が無効だった。県選挙管理委員会は2月15日、「民主主義の根幹を揺るがしかねない」として、被疑者不詳のまま地方自治法違反容疑で刑事告発をした。
現時点でわかっていることは、リコール運動事務局幹部が発注し、広告関連会社が下請けを通じて代筆のバイトを集め、佐賀市の施設で署名を偽造していたということ。
この事件は、愛知県だけの問題ではない。県選管が「民主主義の根幹を揺るがしかねない」というのももっともな話だ。お金で名簿を用意して、バイトに不正署名させれば、日本全国どこでも、「ある一定の意思は示された」ということになってしまう。
愛知県知事リコールに必要な署名数は、住民の3分の1、約87万筆らしいが、そもそもそこを狙っていたというより、自分たちの発言はこんなにたくさんの人たちから支持されているんだ、そういいたかったのだろうと思う。
そもそも発端は「あいちトリエンナーレ」で昭和天皇の写真を燃やした映像があったといわれたこと。でも映像作品の中で、燃えているのは、作家自身の作品。昭和天皇の雑誌の切り抜きをコラージュした版画。その意味するところは、過去の図録焼却事件と、映像作品中の戦争の記憶の昇華をかけたものとされている。
けど、そう説明をしても、「日本人の心を傷つけた」などと言い出す者たちがいた。自称保守という人たちだ(自称です)。彼らは人口の2%弱といわれている。けど、声をあげる時、「日本人として」と大きな主語を使いたがるので、彼らに賛同する者をそれなりに集めないと格好がつかなかった、というのが今回の不正署名の動機ではないか?
とにかく、成熟した国家として、こんなことは二度とあってはいけない。この件についてメディアの取り上げ方も注目だ。不自然にこの大事件を無視したり、愛知100万人リコールの会の会長である「高須クリニック」の高須克弥院長への的外れな擁護などが一部であったりしたのは、スポンサーになっているからという話も出てきている。
金でそういうことができるのだとすれば、憲法改正の賛否を問う国民投票の際に、政党などが流すCMについて、日本民間放送連盟が自主規制はしないとした件はどうなる? 金がある特定の勢力に、世論が誘導されてしまうのではないか?
最後に、天皇陛下を簡単に持ち出し、利用し、今回のリコール問題で「日本人として」と騒いだ者たちは、蓋(ふた)を開けたら8割以上が不正署名で、いちばん日本人を貶(おとし)めたということはいっておく。天皇家もさぞや迷惑に違いない。
室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中
※週刊朝日 2021年3月19日号