「圧政で失われた多くの命が忘却の彼方へ置きやられる。現在のネット社会では他者を排除し、自分だけで固まる。そこでは見たくない者はきれいに掃除されている」と世界に警告する作品『DAU.ナターシャ』。ここには目を覆いたくなるような拷問の場面も出てくるが、この残虐さを呈示することが監督の覚悟にも感じられた。
オーディション人数39.2万人、衣装4万着、ヨーロッパ最大1万2千平米のセット、主要キャスト400人、エキストラ1万人、制作年数15年……。
ピーター・セラーズ、テオドール・クルレンツィス、ウィレム・デフォーも参加したプロジェクトから生まれた第1弾が本作というから今後もさらに楽しみだ。
権力と映画との闘いは久しぶりで、画面からはギシギシと大地の軋みさえ聞こえてきそうだ。
映画監督は体制にとって問題児でなければならない。大島渚が好きだというイリヤ・フルジャノフスキー監督に「この作品を大島が観たら、きっと手を叩いて喜んだだろう」と告げると「とても嬉しい! そんな日本を夢見ている」とにっこり微笑んだ。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
※週刊朝日 2021年3月26日号

