TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。映画『DAU(ダウ).ナターシャ』について。
* * *
この映画の巨大さは、中学3年のときに、ロジャー・ウォーターズが全ての歌詞を書いた傑作、ピンク・フロイドのアルバム『狂気(The Dark Side of the Moon)』に針を落としたときと同じくらいの衝撃だった。
賛否の嵐にもまれながらも、昨年のベルリン国際映画祭銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞した『DAU. ナターシャ』は、イギリスのザ・テレグラフが「史上最も狂った映画撮影」と記しているが、紛れもなく創造的かつ破壊的な作品を観て、果たしてどう扱ったら良いだろうと途方に暮れていたら、この映画に惚れ込んだという映画仲間の女性が「ソ連時代を生き抜いたある女性の歴史です」と明言した。
1952年、秘密科学研究所のレストランで働く孤独なウェイトレス、ナターシャは、裏切りと密告を糧に、秘密警察が跋扈(ばっこ)する世界を生きている。西側の科学者と肌を重ねたかどで呼び出され、尋問官の執拗な侮蔑と暴力に晒されながらも計算ずくで媚を売り、逃げ場を探しだすシーンは、人生の果てを探すがごとく圧巻で、僕は心の中で快哉を叫んだ。
この映画を監督した45歳のイリヤ・フルジャノフスキーは、「今ある自由は、(ナターシャのような)過去に生きた人々が抑圧と闘ってきたからこそ得られている」とZoom画面越しに語った。
ロシアでの反プーチンデモ、ミャンマー国軍クーデターに対する市民デモが報じられるなか、ソ連時代の闇を突きつける映画は本国で上映禁止になったが、それにひるまずこのプロジェクトのインスタレーションをロンドン、パリ、ベルリンなどヨーロッパ各都市で敢行(ベルリンでは過去を忘れてはならないと「ベルリンの壁」を再構築、60年代を再現して試写を目論んだがさすがに当局に拒否された!)、「ソ連が残した病は記憶喪失だ。誰もが覚えておきたいことだけ覚えている。この記憶喪失を克服しない限り悪夢は何度でも繰り返される」と意気軒昂だ。